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ふんどし~強烈なビジュアルで見るものを圧倒

タヒミックさんといえば、“ふんどし”を思い浮かべる人も少なくないのではないでしょうか。強烈なビジュアルで、見るものを圧倒するそのパフォーマンスは、いったいどこから生まれてくるのでしょう。

タヒミックさんは作品を通して、アジアの伝統的な価値観とフィリピンの土着文化への誇りと愛情を表現し続けてきました。その象徴が“ふんどし”なのです。

1996年に公開された『フィリピンふんどし 日本の夏』では、すばりタイトルにも使われていますが、ユニークな衣服としての“ふんどし”ではなく、古い文化の象徴として、また精神的な伝統文化の象徴として描かれています。

  • なぜミス・ユニバース的なスタイルが理想なのか・・・
  • なぜ東洋人は西洋人の長い鼻に敬服するのか・・・
  • なぜ自分自身の非西洋的な身体に対して恥じるのか・・・
  • なぜ先住民はふんどしを着けるのを嫌がるのか・・・


今の日本人にもあてはまる、共通のこの価値観。うんうん、と思わずうなずいた人も多いのではないでしょうか?(福岡は祭り“山笠”で、ふんどし文化が根付いている土地ではありますが)

これらは“すぐれた(?)”西洋のファッション基準、ひいては文化的基準によって生み出された不安からくる劣等感なのでしょうか。

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タヒミック氏は、“ふんどし”というフィルターを通して、西洋化された美の基準、画一化された物の価値観に対して警鐘を鳴らすとともに、文化の植民地化に対する危機感も描がいています。

そこには単純な西洋批判ではなく、過度に西洋化し過ぎていることに、なかなか気付けない自分たち自身への戒めであると同時に、そういった土着の固有文化を守り、伝えることの大切さを表現しているのです。

深刻なテーマを扱っていても、ユーモアを忘れず、とても柔軟で且つユニークな形で映画を撮ってきたタヒミックさん独特のセンスから生まれた表現の一種なのでしょう。

タヒミックさんは、こう形容します。

“ふんどし”は、乾いた現代を潤す、伝統文化の象徴なのだと。

フィリピンふんどし 日本の夏
16mmフィルム、39分、カラー、日本・フィリピン合作、1996
製作・監督・撮影・編集/キドラット・タヒミック
愛知県芸術文化センターの企画で、「身体」をコンセプトとした短編映画シリーズのために監督した作品。
愛知芸術文化センター(http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/jishyu/PReport/95/95-08ja.html)