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1999年市民フォーラムレポート

1999年大賞受賞/侯 孝 賢(ホウ・シャオシェン)

タイトル
侯孝賢、その映画の世界
開催日時
9月26日(日)12:30~16:00
会場
エルガーラ大ホール
パネリスト
大林 宣彦(映画監督)
コーディネーター
佐藤 忠男(映画評論家)

世界で最も注目されている映画監督のひとりであり、現代のアジアを代表する傑出した芸術家、侯孝賢氏による市民フォーラムが9月26日、エルガーラ大ホールで行われた。

アジアを代表する世界的映画監督を迎えて、会場は熱心な映画ファンで満たされた。

第1部:ディスカッション

ディスカッションは、佐藤氏が侯氏に映画監督になったいきさつを尋ねることから始まった。侯氏は子供のときから映画好きだったが、兵役中に観た映画に感銘を受け「10年かけてなんとかして映画の仕事につこう」と決心したこと、その後、台北の芸術学院映画演劇科を卒業し8年間商業映画のスクリプターを務める中で同世代の青春を描く新しい映画についての考え方を養ったことを語った。また、たくさんの映画を観たり、映画を制作する過程で様々な人と出会った経験によって、自分と他者との違いに気づき、それが自分や他者の理解へとつながり、相対化して別の目で見られるようになったと語り、映画とともに成長してきたことを振り返った。

また侯氏は、これから手がける映画について、俳優たちに撮影するシーンの枠組だけ与えて演出はせず、彼らそれぞれの物語や悩み、過去だけでなく未来も撮りたいと述べ、「人」そのものが自分のテーマであり、それを新しい手法で表現していくと力強く語った。それを受けて大林氏も映画監督を野球のキャッチャーに例え、新しいストライク・ゾーンの発見が新しい制作の幅につながると述べた。さらに侯氏は、原点に立ち戻ればどんな状況でも、ビデオでも映画は作れる、形式に陥りがちであるのをいかに打破するかが大事だと語った。

続けて、大林氏が月から振り返って見た地球の美しさを例に科学文明からはずれたものの大切さに話を向けると、侯氏は欲望充足ばかりに向かっている現代には悲観的だが、映画は他の文化と同様、人を目覚めさせ、「立ち止まって考える」機会になり得ると主張し、さまざまな文化活動が存在する福岡は幸せな所だと述べた。

最後に佐藤氏が、アジアの映画は「いかに人間を理解するか」という問いに向かってきたが、侯氏の「ビデオでも映画は作れる」という言葉は、実は氏の悲愴な決意を語っており、アジアの映画界全体が資金難に直面している今、手作りの精神でアジア同士が助け合っていくことが大事だ、とまとめた。

第2部:作品上映 「冬冬の夏休み」

この後、侯氏が自らの子供時代の思い出をもとに描いた「冬冬の夏休み」(1984年)が上映された。

1999年学術研究賞受賞/大林 太良

タイトル
九州の神話からみる日本、そしてアジアへ
開催日時
9月25日(土)12:30~15:00
会場
福岡市役所15階講堂
パネリスト
松原 孝俊(九州大学教授)
パネリスト
後藤 明(宮城学院女子大学教授)
コーディネーター
石澤 良昭(上智大学アジア文化研究所教授)

日本を代表する民族学者であり、約半世紀にわたり日本の民族文化がどのように形成されたかをアジア諸地域の文化との比較研究を踏まえて世界文化史の文脈で巨視的に捉え、提示し続けている泰斗、大林 太良氏による市民フォーラムが9月25日、福岡市役所15階講堂で行われた。

「人の住むところに共通する風景、価値概念を追って、海を越えた神話のダイナミックな流れを考えていく」─ コーディネーターの石澤氏がそのように趣旨を表現したセミナーへの関心は高く、世代を超えた多くの参加者で会場は埋め尽くされた。

基調講演

基調講演で大林氏は、8世紀という早い時代にまとめられた神話体系として世界的にも特異な位置にある「古事記」「日本書紀」の神話を周辺諸地域の神話と比較しながら、周辺諸地域との関係が日本文化の形成にとって非常に重要であったこと、そしてその際に九州という地が大きな役割を果たしていたことを論じた。

松原・後藤両氏により「古今東西の知識にあふれた歩くデータベース」(松原)、「日常生活の中の日本人の感覚を大事にしている研究者」(後藤)と紹介された大林氏ならではの話に、参加者は熱心に聞きいっていた。

パネルディスカッション

続くパネルディスカッションではまず、松原氏が朝鮮半島、石澤氏が東南アジア、後藤氏がメラネシア・ミクロネシア・ポリネシアといったそれぞれの専門地域にみられる神話と日本神話の関係を論じ、日本文化の中にさまざまな文化の流れが重なり合っていることを示した。その後、再び大林氏を迎え、会場から寄せられた質問に答えるという形で進行した。中でも、「神話の類似は人の移動によるものか、文化の類似によるものか」という質問には大林氏をはじめ各パネリストが多様な事例を挙げ、移動、伝播、権威ある他文化からの流用、機能・構造上の類似など、さまざまな可能性を指摘した。また、「なぜ神話に興味をもつのか」という質問に対し大林氏は「おもしろいから」と答え、これからは「月」にまつわる神話から人類全体のものの考え方の地域差を探求していきたいと、神話研究への更なる熱意を示した。

最後に、神話研究には未解決の問題が多いが、文化のクロスロードとして日本文化の形成に重要な役割を果たした九州から神話に興味をもつ人が出て層が厚くなれば、そうした問題も解明されていくだろう、と期待を込めて語った。

1999年学術研究賞受賞/ニティ・イヨウシーウォン

タイトル
アユタヤと日本人
開催日時
9月25日(土)15:00~17:30
会場
アクロス福岡イベントホール
パネリスト
石井 米雄(神田外語大学学長)
パネリスト
永積 洋子(城西大学教授)
コーディネーター
末廣 昭(東京大学社会科学研究所教授)

タイが生んだ優れた歴史学者であり、同時にタイを代表する知識人、ニティ・イヨウシーウォン氏による市民フォーラムが9月25日、アクロス福岡で行われた。

17世紀一大貿易拠点として繁栄した都市アユタヤから、鎖国時代も続いたタイと日本の関係を国家という枠を越えて考え直すという知的刺激に富んだこのセミナーでは熱心に聞き入る若い参加者たちの姿がとりわけ印象的だった。

基調講演

ニティ氏は基調講演において、アユタヤと日本人との関係を17世紀の貿易、移民、政治的介入を中心に論じた。鎖国以後も中国人、オランダ人を仲介としてアユタヤからの鹿皮やスオウ材、日本からの銀をめぐる交易が行われていたことをはじめ、日本で迫害を受けたキリスト教徒や貿易商人、日本人義勇隊、海賊等が全盛時で人口1,000~1,500人の日本人町をアユタヤに形成していたこと、また、特に鎖国以後の交易やアユタヤに形成されていた日本人町、1600~1630年の間に山田長政を頭領とした日本人社会がアユタヤの政治に大きく関与していたことなどの話題が提供され、400年あまり前の国家の枠を越えた交流の姿が明らかにされた。

パネルディスカッション

パネルディスカッションではまず会場からの質問が紹介され、続いて、永積氏が長崎出島のオランダ人が残した記録からタイと日本の間の貿易と移民の関係を、石井氏が多国籍港市国家アユタヤにおける軍人/商人としての日本人の政治への関与をそれぞれ論じ、その後、全員によるディスカッションへと進んだ。その中では、港市政体アユタヤが「国家」という近代的概念では捉えられないことが各パネリストから強調された。

最後に末廣氏が、タイと日本の交流の歴史において重要な役割を果たした自由な人の動きは「幕府」対「王朝」という枠組では捉えられないことを再確認し、「地方にいると中央の見方に縛られない別の見方ができる」というニティ氏の言葉をひいてこのセミナーのまとめとした。 

1999年芸術・文化賞受賞/タン・ダウ

タイトル
君はタン・ダウを見たか
開催日時
9月25日(土)17:00~19:00
パフォーマンス
博多リバレイン5階 アトリウムガーデン
対談会場
福岡アジア美術館 彫刻ラウンジ
協力
福岡アジア美術館ボランティアの方々
対談
後小路雅弘 (福岡アジア美術館学芸課長)

シンガポールを拠点に1980年代、90年代を通して活動し、東南アジアのアートシーンを今日の隆盛に導く主導的な役割を果たし、東南アジアを代表する現代美術家、タン・ダウ氏による市民フォーラムが9月25日、博多リバレインと福岡アジア美術館で行われた。

第1部:パフォーマンス

「私たちはお祝いをするために集まりました。」タン・ダウ氏のそういうスピーチでパフォーマンスが始まった。東南アジアに住む人々の生活に不可欠で、幸運をもたらすものと信じられるバナナを題材に展開される「バナナ・プロジェクト」の一環として、今回のパフォーマンスは行われた。

タン氏とパフォーマー数名が、祝福の言葉を口にしながらまわりを取り巻く観客の中に入っていき、バナナの葉を手に出会った人々の幸せを祈る。また、それぞれが身につけた衣装の長い裾を可動式テーブルの上にかけることによって突如出現したおもてなしの食卓には、バナナの葉をおいてお菓子を盛り、タン氏らは「この先ずっとみんなが飢えることのないように」と祈りながら観客をその食卓へ誘った。

なぜバナナなのか。その答えは図らずも観客の言葉からでた。「バナナの葉の下を通るとなんだか幸せな気持ちになる。」参加した観客からそういう声が漏れ聞こえた。隣接するアジア美術館に続く階段にバナナの葉がさしかけられ、その下を多くの観客は対談会場へと上っていき、パフォーマンスは幕を閉じた。

第2部:対談

続いてタン氏と後小路氏により対談が行われ、タン氏のこれまでの活動や今回のパフォーマンスへの重い、これからの活動等について語られた。中でもパフォーマンスの題材であったバナナに関しては、東南アジアにおいて、神聖なものであるとされながら、一方で人を驚かすものでもあるとみなされている点を指摘し、「バナナは変化しないのに、人の見方、心が変わる」という点に着目し、このプロジェクトをはじめるに至ったと述べた。

最後に、パフォーマンスを準備の段階からいっしょに創り上げてきた福岡アジア美術館のボランティアの方々にタン氏から感謝の言葉が述べられ、対談は終了した

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