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2005年授賞式レポート

2005年(第16回)福岡アジア文化賞授賞式

開催日時
2005年9月15日(木)/14:00~16:20
会場
福岡国際会議場 メインホール
参加者
約1,000名

秋篠宮同妃殿下の御臨席を賜り、大使館関係者、国際交流団体、経済団体、大学関係者、留学生、地域団体及び市民など約1,000名が見守る中、厳かな雰囲気で式典が行われた。

式典では、まず映像で受賞者の業績を紹介した後、会場から盛大な拍手で迎えられ受賞者が入場した。その後、主催者代表挨拶、秋篠宮殿下からのお言葉、選考経過報告が行われた後、主催者より各受賞者に賞状とメダルが贈呈された。

続いて、各受賞者がスピーチを行い、受賞の喜びやアジアの文化に対する考え、市民へのメッセージなどを語った。

最後に、福岡インターナショナルスクールの生徒たちから各受賞者へ花束が手渡され、会場は再び大きな拍手に包まれた。

また、特別演奏として、韓国のシンガーソングライターRyuが出演し、式典に花を添えた。

秋篠宮殿下のお言葉

2005年(第16回)福岡アジア文化賞の授賞式に、皆様とともに出席できましたことを大変嬉しく思います。

今日、アジアでは多くの国々が経済の発展を遂げ、世界で最も活気のある地域のひとつと言われております。経済の発展とグローバリゼーションは、深い関連を有しており、アジアの文化もグローバリゼーションの影響を受け、画一化を迫られることもありますが、一方で固有の伝統文化の継承に多大な努力がはらわれ、また、それら双方に立脚した独自の新しい文化も生み出されつつあります。私自身、アジアの諸地域を幾度となく訪れておりますが、それぞれの土地の固有文化の深さと多様さに感銘うけるとともに、固有文化それ自身の変化に驚くことも度々あります。

このように生き生きと発展しているアジアの文化の保存と創造に対して貢献をされた方々を顕彰する福岡アジア文化賞は大変意義深く、本日、大賞、学術研究賞、そして芸術・文化賞を受賞される4名の方々に、心からお祝いを申し上げたく思います。皆様の業績は、ご自身の国に対する貢献であるにとどまらず、人類社会全体の文化を豊かにするものであり、世界に対してその意義を示したものであります。

終わりになりますが、受賞される皆様が今後益々ご活躍になることを祈念するとともに、開催に尽力された多くの関係者に敬意を表したく思います。

そして、この福岡アジア文化賞を通じて、アジアに対する理解がさらに深まることを期待し、私のあいさつといたします。

大賞受賞者によるスピーチ

この度、福岡市と財団法人よかトピア記念国際財団が定めた福岡アジア文化賞を受賞し、身に余る光栄であり、心から御礼申し上げます。

私の専攻は韓国民俗学であり、周辺民族との交流や文化の伝播にも関心があって比較民俗学にも研究領域を広げ、南の方は日本、台湾、東南アジアを旅行し、北の方は蒙古、中国、サハリンにて民俗調査を行ったことがあります。

その結果、北を根源とする文化の南下現象が多いということを知るにいたりました。

韓国は大陸の一半島で、海の向こうに日本列島があり、大陸からの先進文化が韓国を経由して日本に伝播するという交流が古くから行われていました。

ここで忘れてはならないことは、約2万年前に地殻の変動があり、陸地の一部が水没して、日本は島となり大陸から孤立したことです。つまり、2万年より以前は大陸の一部であったため歩いて往来したり、同じ文化を共有したであろうことです。

このことから、日本の古代文化を考える時、現在の玄界灘だけを意識するのではなく2万年前の状況、即ち日本も大陸の一部であったことを認識しなければならないのです。

海に断絶されてからは往来が不可能でしたが、2千年ないし3千年前頃から造船技術と航海術が発達し往来が可能となり、大陸文化が韓半島を経て日本へ伝播され交流が頻繁なものになりました。福岡市は地理的にその窓口の役割をいたしました。

私は伝播論の観点から、日本の民俗文化にも関心をもつに至り、『日本の中の百済文化』、『大将軍信仰の研究』、『通信使と文化伝播』が日本で翻訳出版されました。

私は、広い意味でアジア文化の真実を知りたいと思っています。

同じ文化を共有することは、相互の信頼感を高め、理解を深めて、共存を可能とし、平和をもたらします。

主催者が賞の名称を「福岡アジア文化賞」と定めたのは、国家や民族を超えて相互理解を進め、共存しようとする意味があったものと理解しております。主催者に敬意を表し、感謝申し上げます。

終わりに、授賞式にご参席くださいました多くの皆様に感謝申し上げます。

ありがとうございました。

学術研究賞受賞者によるスピーチ

栄えある福岡アジア文化賞を授与していただき、まことに光栄に存じます。図書館司書としては初めて、そしてミャンマーからは2人目の受賞者としてこの賞をいただけることは、司書という職業にとっても、私の国ミャンマーにとっても非常に栄誉なことだと思います。

私は約40年間、ヤンゴン大学内にある数々の図書館で司書として働き、退職するまでの28年間は大学中央図書館長を務めました。1971年には、ヤンゴン大学に図書館学部を設立するという機会にも恵まれました。私はこの職業に全身全霊を傾け、人種、国籍、宗教にかかわらず、情報を必要とするすべての研究者や読者の求めに応じてきました。

貝葉やパラバイと呼ばれる手製の紙に書かれた貴重な写本を収集し、過去の文学や史料を保存することによって、私の国そして国民のため、ひいては東南アジアやアジア全体の役に立ち、アジアの文化をより一層豊かなものにできたことは、私にとって非常に名誉なことでした。

図書館司書は、増え続けていく情報や知識を媒介するという重要な役割を担っています。20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、科学、技術、人文科学、芸術、文化という人間がたゆまぬ努力を注いでいるあらゆる分野において、情報が爆発的に増加しました。この貴重な情報や知識の宝庫を整理し、誰もが利用できるようにすることが、司書の重要な役割なのです。同時に知識の管理人として、この世のすべての人々に平穏で寛容な心を、対立ではなく協調の心を育み、お互いが調和して生きてゆけるような道を創り出していくことも求められているのです。

ミャンマーに図書館と呼ばれるものができてから1,000年以上も経ちますが、50年ほど前、私が最初に司書になろうと志した頃は、ミャンマーではまだ司書という職業はあまり知られておらず、その職に就いていたのは外国で学んできたほんの一握りの人々だけでした。「あまり人が歩まない道」を選択したことで、私の人生は大きく変わりました。また、これまで私が関わってきた多くの人々の人生も変わったであろうことを念願いたします。

司書として、そして図書館学の教師として意欲的に活動してきた40年の間、私は多くの生徒達に、すべての人々に対してサービスの精神を持ち、あらゆる事に心を開き、様々な時代の書籍に秘められている人類の価値を守っていくよう教え続けてきました。

この場をお借りして、福岡の皆様、そして福岡市とよかトピア記念国際財団に対して、福岡アジア文化賞を創設するという寛大な心と先見の明をお持ちであったこと、そして私を本年の学術研究賞に選んでいただいたことに深く感謝いたします。

同時に、私の仕事を常に支えてくれ、本やあらゆる書物に埋もれながらも生活をともにしてくれた私の妻、そして私の家族、特に3人の息子たちにも感謝しています。

最後に、本日ご出席いただいたすべての皆様、特に福岡の皆様、日本の皆様の平和と繁栄と発展をお祈りし、そして皆様が新たな情報化社会をうまく乗りきることができますよう祈念いたします。

ありがとうございました。

芸術・文化賞受賞者によるスピーチ

第16回福岡アジア文化賞の受賞者となれましたことは、私の人生においてこの上なく幸せな瞬間です。この名誉は、私にだけではなく、伝統的な染織技術を代々受け継ぎ、日常に用いる美しい布を織ってきた過去そして現在のラオスの織り手全てに対する名誉であります。

私は、福岡市民そして福岡アジア文化賞委員会が文化に高い価値を置いておられることに、深く感銘を受けました。芸術と文化は全人類に属すものです。自由に交流が行われ、共有され、楽しまれるものでなければなりません。80歳になる日本の学者がかつて私に、文化は皆で守っていくものであり、誰かの命令を受けて行うものではない、と話されました。私はこの言葉を忘れず、それを人生の信条としてまいりました。

古い織物のような伝統文化を保存する取り組みが、個人で行われることは稀です。多くの困難にぶつかり、他の人に誤解されることもあります。私がこの取り組みを始めたとき、この分野での知識はまったくありませんでした。しかし、私の亡き父が行っていた(ばい)(よう)に書かれたラオス古文献の研究には大いに助けられました。そのおかげで、外国の学者であれば言葉の壁のために得られないような特別な情報をたくさん得ることができたのです。

アジアにおける染織の伝統は1,000年にわたって受け継がれてきました。わが国には困難な時代もありましたが、ラオスの織り手は染織の道具を手放すことはありませんでした。その忍耐強さのおかげで、手織りのスカートは今なお、ラオスの文化を最も代表するもののひとつとなっています。織物を織ることによって、教育を受けていない女性が家族のために収入を得ることができ、満足できる社会的立場を手にしています。これらの女性は、古い織物を手本に織ります。しかし、1990年代に外国に門戸を開いた時、古い織物を含む芸術や工芸の多くが危機にさらされました。これらの織物を自国で保存しなければならない。それが私の目標となりました。古い織物の歴史的・文化的価値に対する意識を高めるために、NGOおよび官民両方の国際組織からの資金援助を受け、多くの活動やプロジェクトを実施してまいりました。結果は実にすばらしいものです。1992年には、ラオス女性同盟が、織物ギャラリー「The Art of Silk・絹の芸術」を設立しました。草の根レベルでの生産がますます盛んになり、地元の作品を展示するショールームを開設した県もいくつかでてきています。女子学生は、母親の織機で織った制服を着用しています。また、私自身も、小規模ながらラオスの古い織物を自分のプライベート・ギャラリーに展示しています。仲間と協力して、詳しい模様やモチーフの説明を添えて発行した、ラオス染織の歴史に関する本は、織物再現の見本として使っていただくことができます。

私の家族と一族を代表して、福岡アジア文化賞委員会そして福岡市民の皆様に感謝申し上げます。この賞は、私の2人の娘と今は亡き愛する夫がともに歩んでくれた道のりを再確認するものです。

芸術・文化賞受賞者によるスピーチ

心温かい日本の皆様、特に福岡の皆様にご挨拶申し上げます。そして、福岡アジア文化賞委員会に対し、私にこのような栄誉を与えてくださったことに心から感謝申し上げます。

私は、先祖代々受け継がれてきた歌、踊り、仮面舞踊を復活上演するだけでなく、パフォーマンスを通して民族衣装や日常の服装を紹介することに重きを置いて、ブータン王国の伝統文化の発展に努めてきました。本日、著名な皆様のご列席のもと、私の20年にわたる取り組みと貢献が認められ表彰されることを、この上なく誇らしく思っております。この賞は、私だけに対するものではなく、ブータンの国民や政府へ贈られたものでもあります。多くの国が国民総生産を増やそうと努力しているように、私たちブータン人は「国民総幸福」と言われるものを追求しています。国民総幸福の発展理論にしたがって、国民総幸福の4本柱のひとつとして「伝統文化の保存と発展」が位置づけられているのです。

私は、幼いころから音楽に包まれて育ちました。私のインスピレーションに大きな影響を与えてくれた父、ダショー・アク・トンミは、王立ブータン軍楽隊の創設者であり、ブータン国歌の作曲にもかかわりました。私は父に大きな恩を受けておりますが、同時に、私を惜しみなく支えてきてくれた家族、特に母と妻、息子と娘にも謹んで感謝の言葉を捧げます。

今日、残念ながら、我が国の若者は、物質主義や消費主義といった新しい価値観に激しくさらされています。私たちの貴重な遺産が存続し繁栄し続けるためには、若い世代が、我が祖国の成り立ちの根本である、独自の文化、伝統、価値、道義の保護管理人としての役割を引き受けるという責任を負わなければなりません。

ブータンの長きにわたって受け継がれてきた遺産は今なお生き続けています。しかし、これで満足してしまうのではなく、我が国の音楽と踊りの保存・発展にたゆまぬ努力で取り組み続け、私たちの独自の文化が代々受け継がれてゆくよう、これからの世代に言い聞かせなければなりません。これがまさしく、1987年にタシ・ネンチャが生まれた理由なのです。

この栄えある賞により、私の今後の取り組みに大いなるインスピレーションと意気込みをいただきました。皆様のような組織の支援があってこそ、タシ・ネンチャは、古来の芸術、文化、遺産を保存する主目的を達成するという、究極の目標へと力を合わせて前進することができます。

最後に、秋篠宮殿下、妃殿下、福岡市長、よかトピア財団会長、そして福岡アジア文化賞2005の各委員の方々に、この授賞式を実に立派にとり行われるようご準備くださったことに対し、妻とともに謹んで感謝の言葉を述べたいと存じます。

2005年(第16回)福岡アジア文化賞祝賀会

開催日時
2005年9月15日(木)/17:00~18:30
会場
福岡サンパレス パレスルーム

受賞者夫妻及び同行者をお迎えして、約170名の参加を得て行われた。

主催者を代表して山崎広太郎福岡市長による挨拶が行われ、続いて来賓を代表してスックタボン・ケオラ在日ラオス大使による発声で乾杯が行われた。会場では交歓の輪が広がり、和やかな雰囲気のもと参加者の懇親が図られた。

最後に、川合辰雄財団法人よかトピア記念国際財団理事長による閉宴の挨拶が行われ、盛会のうちに終了した。

福岡アジア文化賞年次報告書ダウンロード

福岡アジア文化賞授賞式の様子や各種イベントのレポートを含めた2005年度の事業報告書を、PDF形式でダウンロードいただけます。

2005年福岡アジア文化賞年次報告書ダウンロード

各種イベントレポート

2005年度の授賞式以外のイベントレポートをご覧いただけます。