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2009年市民フォーラムレポート

2009年大賞受賞/オギュスタン・ベルク氏

タイトル
風土と日本~グローバルな視点へ~
開催日時
2009年9月19日(土)/13:30~15:30
会場
IMSホール
パネリスト
野澤秀樹氏(九州大学名誉教授)
コーディネーター
石澤良昭氏(上智大学学長)

通算15年に及ぶ日本滞在から独自の風土性を見いだしたオギュスタン・ベルク氏の基調講演の後、石澤良昭上智大学学長をコーディネーターとして野澤秀樹九州大学名誉教授を交え、さまざまなアングルから風土へのより深い考察が展開されました。

“環境だけでなく、住む人の主体性も風土”

私は地理学を学びつつも東洋学を目指し、哲学者和辻哲郎の「風土」(1935 年出版)と出合いました。そして現象学的解釈学を擁護しつつ地理学上の問題に存在論を導入した和辻の“風土”について考察するようになったのです。和辻のいう風土とは環境そのものではなく、その土地に住む人間の主体性を考慮するということ。その風土に住む人たちがどう知覚し考えるかを把握できなければ、風土の現実を理解することはできないのです。

私はかつて札幌に住み、明治期の北海道開拓をテーマの一つにして研究しました。その時代、北海道では科学的には不可能とされていた稲作が、農民たちの米作りへの強い意志や努力、そして自然の突然変異で寒さに強い品種米が生まれたことで可能になりました。その米は北海道の外で育てるとや風味に欠けるため、ただの雑草として処分されたでしょう。

しかし、北海道ではこの稲作の成功が契機となり、北海道の風土性の中心に位置づけられます。風土性とは主観(そこで生きる人たちがどう感じるか)と客観(自然や風景など)の両面を持ち、この二つの力関係は人間における「人=個人」と「間=社会的な面」とも解釈することができます。双方が作用し合い組み合わさってつくられる「通態性」が風土や人をつくり上げているといえます。

さて、現在、日本をはじめいろいろな国の風土性の画一化=ファスト風土化が問題視されています。近代文明への警鐘は私の新たな研究テーマでもあります。環境、人間の住まいそのものが危機を迎えている今、我々は機械論的(物理主義的)ではなくもっとクリエイティブな住み方をしていかなくては。「詩人のように人間は住まう」というハイデッガーの有名な言葉もあります。明日の世界をつくるには詩人のごとく心豊かに住まいを創造していかなければなりません。

オギュスタン・ベルク氏との対談

---パネリスト/野澤 秀樹氏(九州大学名誉教授)
ベルク氏は和辻の「風土」のいろんな不十分さを補い、より精緻(せいち)なものとしたといえます。風土は特殊性と普遍性という二つの面を持ち、それらが通じ合って一定の方向に行くという通態性の概念によって風土学を深化させてきました。ベルク氏にとって風土学は日本理解に大きくかかわり、さらに社会科学、環境科学、倫理、哲学、思想など地球規模のテーマの基本に風土概念があるという見地でさまざまな示唆をされています。
---コーディネーター/石澤 良昭氏(上智大学学長)
東洋的な思想の中には言葉にはしないけれど理解してほしいという察しの理論のようなものがあります。それが和辻の中に出ているとすると、それをもう少し目に見えるかたちにして風土学を大きく発展させたのがベルク氏。日本語の裏には日本独特の基礎文化的なものが隠されており、それゆえ日本語はベルク氏の研究の一つの材料になったということが分かりました。

2009年学術研究賞受賞/パルタ・チャタジー氏

タイトル
声なき人々の歴史を語る
開催日時
2009年9月20日(日)/13:00~14:30
会場
IMSホール
パネリスト
竹中千春氏(立教大学法学部教授)

パルタ・チャタジー氏と、国際政治とインド政治が専門で、チャタジー氏の共著書の翻訳も手掛けた立教大学法学部教授の竹中千春氏を迎え、対談が行われました。民衆を主体とした歴史をどう掘り起こし、未来へつなげていくのか示唆に富んだ内容でした。

“歴史が新しい知識の力をつくり出す”

パルタ・チャタジー氏と、国際政治とインド政治が専門で、チャタジー氏の共著書の翻訳も手がけた立教大学法学部教授の竹中千春氏を迎え、対談が行われまし た。民衆を主体とした歴史をどう掘り起こし、未来へつなげていくのか示唆に富んだ内容でした。難しい内容が予想されましたが、参加者からは「政治参加の意 識が低い日本において、自分と政治と文化を考えるいい機会になりました」との声も。

パルタ・チャタジー氏とパネリスト/竹中千春氏(立教大学法学部教授)との対談

---インド研究に没頭するきっかけとは
竹中:私がインド研究を始めたときの師ともいえるチャタジー先生のお話を、今日は皆さまと共にじっくり伺いたいと思います。
チャタジー:私が歴史家としての仕事を始めたとき、自由の闘争に参加した普通の人々の経験を話してもらう機会がありました。その内容は、エリートリーダー層によって語られている歴史とは大きく違っており、さまざまな疑問がサバルタン(下層民衆)研究に集結しました。インドがどのようにしてイギリスの支配から独立したかを見る際に、サバルタンの人々の独自性を取り上げることは、歴史家がやらなければならない重要な仕事だと思いました。
サバルタン層の自立・自治があったという証拠を探すのは、大変なことでした。政府や警察の報告書、あるいは新聞などには、下層階級の人々の声は記録されていません。当事者に直接会って話を聞くという方法も取りましたが、20~30年前の記憶を話してもらうことには難しい側面がありました。
表に出ることのない人々の声を正確に掘り起こし、それをきちんと表すために、私たちはさまざまな方法を模索しました。インドの民主主義は他の国とは違い、貧しい人たちほど選挙に参加し、代議制を利用して生活の権利などを主張します。サバルタンと政治のそのような関係は、運動が始まった時代から現在までずっと続いています。
---インドの豊かさとは
竹中:インドは広い国土と長い歴史を持つ国ですが、ここでインドの豊かさについて説明していただけますか。
チャタジー:インドには多数の言語があり、それぞれが地域に根差し、言語の周りにその地域の文化が形成されてきました。それぞれの言語が独自の文学・演劇・映画・芸術的作品 などを持っていますから、インドの文化には非常に多様性があるのです。
竹中:「民衆の歴史」を取り戻し、それを書き留めていくサバルタン研究は、学校教育や社会においてはどのような意味がありますか。
チャタジー:インドには国が定める公式な教科書もありますが、それを使わず独自の教科書を使っている地域もあります。サバルタン研究に刺激を受け、新しい人民の歴史を取り上げ た教科書も使われるようになってきています。
竹中:インドの人々は、自分たちの歴史をより豊かに、より深く、多くの人が加わる歴史としてつくり上げてきました。過去は死んだものではなく、むしろ現在と未来に向かって、新しい知識の力としてつくり出していくものだということを、サバルタン研究は教えてくれたように思います。

2009年芸術・文化賞受賞/三木 稔氏

タイトル
三木稔の音楽世界
開催日時
2009年9月20日(日)/16:00~18:30
会場
福岡銀行本店大ホール
対談者
藤井知昭氏(国際文化研究所所長、国立民族学博物館名誉教授)

筑紫女学園高等学校筝曲部やRKB 女声合唱団、邦楽器など演奏者、オペラ歌手などを招いて、「三木ワールド」をたっぷり堪能。現代邦楽をリードする三木稔氏自らのナビゲートにより、作品の奥深さはもちろん、邦楽の多彩かつ新しい魅力に浸った2時間半でした

“三木稔作品の魅力とは”

三木作品ならではの日本史を題材にした9連作のオペラを筆頭に、箏曲や合唱曲、器楽曲、声楽などを4グループの演奏者が披露し、奥深く壮大な音楽世界を描きだしました。

三木 稔氏と藤井知昭氏(国際文化研究所所長、国立民族学博物館名誉教授)との対談

国際文化研究所所長で国立民族学博物館名誉教授の藤井知昭氏と三木氏が対談。和楽器のみで構成する日本音楽集団のドイツ・ベルリンでのコンサート風景や、日本史を題材にしたオペラ《愛怨(あいえん)》などを映像で鑑賞しながら、三木作品に込められた思いや魅力について語り合いました。
 《愛怨》は奈良時代の遣唐使を題材に日本と中国を舞台にした作品で、三木氏は2010年にハイデルベルクでのドイツ初演が決定したことを紹介。この日は同作品中のハイライトである琵琶演奏が上映され、巧みな技術で奏でられる美しい琵琶の音色が会場を魅了しました。藤井氏は「三木先生は日本の音楽を世界に広める役割を果たしました」と称賛の言葉を贈りました。

2009年芸術・文化賞受賞/蔡 國 強(ツァイ・グォ・チャン)氏

タイトル
アートに何ができるのか
開催日時
2009年9月16日(水)
会場
アクロス福岡イベントホール
モデレーター
後小路雅弘氏(九州大学大学院教授)
ゲストスピーカー
牧陽一氏(埼玉大学教養学部教授)
ゲストスピーカー
黒田雷児氏(福岡アジア美術館学芸課長)

これまで世界の美術展などで話題を呼んだ作品やプロジェクトの紹介を交え、アートの持つ さまざまな可能性を示してくれた蔡國強氏。作品同様、トークでも聴衆を存分に引き付けました。

“アートへの熱い思い、そして可能性を探る”

アジアでは現代美術の展覧会にあまり観客が入らず、一部の人々の娯楽となっています。社会や時代にメッセージを送り、新しい表現を生み出すなど、伝統美術より一般の大衆に近いところにあるにもかかわらず、なぜかあまり愛されない。それはおかしいじゃないかという思いから、今回のテーマを選びました。

まず、アートは「自分の人生に役立つ」。自分が楽しくないとほかの人も楽しく感じません。だから、自分が一番見たいこと、やりたいことをする。私の場合、自分の寂しさや弱さ、社会への不満など、火薬を使った作品で発散できます(笑)。また、アートを通じて自分の思いを人に伝えることもできます。自然の美しさを表現することで心の安らぎも得られます。 社会に何か問題提起をしたいとき、アートを通じてメッセージを送ることができます。アートは「自分と社会の橋になる」のです。

難しいのは、伝えたいことをアートでどう魅力ある説得力のある表現にするか。問題はアートの外で解決し、最終的にアートの力で表現しなければならない。これは私がいつも考えていることです。

アートには「人を助ける」という側面もあります。たとえば、オークションで作品を売って、台湾大地震や四川大地震などの被災者に寄付できます。また、エジプトで子どもたちと凧(たこ)を作るプロジェクトを行いましたが、終わった後も毎年凧のイベントは続いています。アーティストは作品を持って行って見せるだけでなく、一つの文化の種をまくこともできるのです。

最後に、私の花火を見た多くの人は圧倒され興奮します。実際に北京オリンピックで天安門広場の夜空に浮かんだ五輪を見て、世界中の人々が驚き歓喜しました。アートは「人々の喜びを呼ぶ」のです。私は、アートは使えるものではないけれども、さまざまな可能性を秘めていると思います。皆さん、もっと美術館に行って、「こういう作品もある!」「こんなこともしている!」と現代美術に触れて楽しんでください。

蔡國強(ツァイ・グォ・チャン)氏との対談

--後小路 雅弘氏(九州大学大学院教授)
蔡さんの作品を見て、自分にとって受け入れ難いもの、理解できないもの を最初から拒否しないことの重要性を再認識しました。それはもちろん美術を鑑賞する上でも大事ですが、美術という枠を超えて自分になじみのない人やものと出会ったときに、受け入れられないという理由でそれを拒否しない姿勢にもつながると思います。
--牧 陽一氏(埼玉大学教養学部教授)
 蔡さんの作品のテーマは「和解」だと思います。たとえば、火薬を戦争でなく平和のために使い、民族を隔てるのではなく和解のために万里の長城を使う。そして、世界中で大きな美術館で展覧会をすると同時に、いろんな地域で作品を作る。近代美術と現代美術の和解、グローバリズムとローカリズムの和解を求めているのだと感じました。
--黒田 雷児氏(福岡アジア美術館学芸課長)
 従来の現代美術の方法論だけではとらえられない蔡さんの作品は、近代美術と現代美術という二元論を無化するとともに、芸術を無化しているように感じました。すぐには役に立たないようなアートを受け入れるのは、作家ではなく社会の責任であり、いまの日本社会にはそういう余裕がなくなっているのではないでしょうか。

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