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2012年授賞式レポート

2012年(第23回)福岡アジア文化賞授賞式

2012年(第23回)福岡アジア文化賞授賞式
開催日時
2012年9月13日(木)/18:20~20:00(途中休憩あり)
会場
福岡国際会議場(福岡県福岡市博多区石城町2-1/092-262-4111)
司会
ジュディ・オング

秋篠宮同妃両殿下の御臨席を賜り、市民や各国、各界関係者など約千人が参加し、福岡国際会議場で授賞式が開催され、受賞者の栄誉を称えました。

厳粛な雰囲気に包まれた第1 部では、あでやかな和服姿の筑紫女学園大学アジア文化学科の学生にエスコートされながら受賞者が登壇し、主催者を代表して高島宗一郎福岡市長が、受賞者を祝福するあいさつ。秋篠宮殿下より受賞者および福岡アジア文化賞についてお言葉をいただき、引き続き有川節夫九州大学総長より選考経過が報告されました。高島市長と鎌田迪貞よかトピア記念国際財団理事長から博多織で装幀された賞状と、福岡市の夏の花、芙蓉をモチーフにしたメダルが贈られました。

受賞者は、受賞の喜びや福岡市民へのメッセージを込めてそれぞれスピーチ。市民代表の針塚瑞樹さんからお祝いの言葉が贈られた後は、福岡インターナショナルスクールの子どもたちから花束が贈呈され、会場は盛大な拍手に包まれました。

第2部では司会のジュディ・オングさんと受賞者が和やかに対談。市民から寄せられた質問に答える形で、福岡の印象についてや日頃気を付けていることなどについてトークを繰り広げました。

対談後は、芸術・文化賞を受賞したムルティアさん率いるスロカルト王家舞踊家による特別パフォーマンスが行われ、華やかな宮廷舞踊で受賞者たちを祝福し、幕を閉じました。

高島福岡市長からメダルを授与されるシヴァさん
高島福岡市長からメダルを授与されるシヴァさん
子どもたちから花束をプレゼントされる受賞者とその家族
子どもたちから花束をプレゼントされる受賞者とその家族
司会のジュディ・オングさん
司会のジュディ・オングさん

秋篠宮殿下のお言葉

本日、福岡アジア文化賞の授賞式が開催されるにあたり、受賞される4名の方々に心からお祝いを申し上げます。

国際社会におけるグローバル化が進展する今日、それに伴って画一化した思考方法や生活様式が広まりつつあります。そのような中、多くの国や地域では国有の文化や伝統などの保存と継承に力をつくしつつ、新しい文化の創造にも多くの努力を重ねてきております。

アジアでは、多様な自然環境や風土に恵まれ、長い歴史の中で、はぐくまれてきた各地域国有の言語や歴史、民俗など文化に豊かさや深さがあります。私自身、アジアの諸地域を訪れるおりに、その豊かさや深さに感銘を受けるとともに、それらを保存し継承していくことの大切さを強く感じます。

福岡アジア文化賞は、アジアの国有で多様な文化の保存と継承、そして創造に寄与することを目的とするものであり、大変意義深いものと考えます。

本日受賞される方々の優れた業績は、アジアの文化に対する貢献だけではなく、世界に対してその意義を広く示すとともに社会全体で共有し、次の世代へと引き継がれる人類の貴重な財産になるものと思います。

終わりに、受賞される皆様に改めて敬意を表すとともに、この福岡アジア文化賞を通じて、アジア諸地域に対する理解、そして国際社会の平和と友好が一層促進されることを願い、私のあいさつといたします。

大賞/ヴァンダナ・シヴァ氏による受賞者スピーチ

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今回、大賞を受賞することができたことを、大変光栄に思います。

この受賞は、私が30年以上続けてきた多種多様な種子の育成、種子の自由利用など多様性を守り深めていく活動に対して大きな助力となるでしょう。

多様性というのは、様々なもの、あるいは様々な可能性を生み出すものです。自然は多様なものであり、文化もまた多様であるべきです。すべての人々は、みな違うのです。ここにいる皆さんが全員黒のスーツを着ていたらつまらないでしょ?

また、食べ物をつくるということは、さまざまな多様性をつくるということです。様々な多様性をつくるために、私たちは様々なことをするわけです。私が行っているナヴダニヤでの農業活動もそのひとつにすぎません。

世界はこの先どんどん小さくなるかもしれませんが、平和、正義のために私たちは多様性をもって世界を広げていかなければなりません。いかなる文化、いかなる種も協力していかなければならないのです。多様性は、すべての人類、すべての種に対する自由を生み出します。種子の多様性は、すべての種が、地球上でお互い自由を持ち、協力しあい、平和に生きていく術を教えてくれるでしょう。

この受賞により、アジアを通じて、そういった可能性を広げることができることを本当に嬉しく思います。

学術研究賞/チャーンウィット・カセートシリ氏による受賞者スピーチ

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タイや東南アジア、そして日本の古代史研究家として、これまでに何度も日本を訪れていますが、福岡に来たのは今回が初めてです。初めて訪れたのが、この素晴らしい賞の受賞のためというのは、非常に光栄なことです。

私は、シャム国(古代のタイ王国)と日本や中国、韓国、インド、フィリピンなどアジア各国との海域交流について研究を続けてきました。シャム国の首都アユタヤにある“ニホンマチ”や、山田長政について学んだことがあります。また、日本とポルトガルとのハーフで、タイにスイーツやクッキーを紹介した宮廷料理人、マリー・ド・ギマールさんについても研究しました。

福岡アジア文化賞委員会に認められたのは、自分の教育分野における役割のためだと信じています。だからこそ、私は今弟と一緒にここにいるのです。この栄誉と、福岡という素晴らしい街を訪れる機会を与えていただいたすべての人に、感謝いたします。

そして、また2人の偉大なる師匠である、京都大学の故石井米雄先生と大阪大学の故吉川利治先生に感謝申し上げます。このおふたりのおかげで、より深く、より強く日本を愛することができました。

最後に、心より福岡市民のみなさまに感謝申し上げます。

芸術・文化賞/キドラット・タヒミック氏による受賞者スピーチ

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1976年、私は処女作である『悪夢の香り』の編集作業にもがいていました。映画制作経験のない私は脚本なしで、その映画を撮りました。それだけみても、私がどんな監督か分かるでしょう。ドイツの一流映画監督、ヴェルナー・ヘルツォーク氏にその編集中の作品を見せたとき「キドラット、君は寄り道の天才だ。その宇宙は、映画をクレイジーにおもしろくしているよ」と言われました。

また1987年、自分の作品を作家である大江健三郎氏に見せたときには、こう言われました。「タヒミックさんはフィリピンの黒澤だ」と。私は「黒澤先生は完璧主義者ですよ!私なんかとは全然違いますよ」と反論しましたが、大江氏は続けて「黒澤とあなたの作品は、両方とも窓を開ける力を持っている。黒澤映画は日本人の魂を開け、あなたの作品は宇宙への窓を開ける」と言いました。その時は、正直意味が分かりませんでした。

そのまた12年後、今度はインドのジャイブルで開かれた映画会議で、ある評論家に連れられ彼の師匠に会いに行きました。会うやいなや、その師匠は突然こう言いました。「あなたは正しい目的地に行くために、正しいスピードで正しい車両に乗っている。先頭の車両に移る必要はない」と。

その時、ヘルツォーク監督に“宇宙的な寄り道”と言われたり、大江健三郎氏に“宇宙への窓”と言われたことが、はじめて自分のなかで“宇宙”につながったのです。この3人の言葉が、タペストリーのように編み込まれ、ひとつになったのです。計画なく、まるで漂っているかのように生きることは、宇宙に身を委ねるということなのだと気が付いたのです。

親友であるイフガオ族の長老は、“土着の”という意味を持つ“indigenous”(インディジェナス)という単語を“indi-genius”(インディジーニアス=土着の賢い知恵)といつも間違って発音します。ああ!なんと宇宙的な偶然の発音のまちがいでしょうか!そしてこう言います。「フィリピンの主流派は、いつも私たちのインディジーニアスな文化を見下している。我々はもっとインディジーニアスな知恵を見直さなければならない」と。

先月、国際的な部族の会議をフィリピン・バギオで開催しました。25のフィリピン部族と世界中の部族が集まる会議です。そのとき妻がこう言ったのです。「こういう人たちの考え方を取り入れれば、アジア人としてのあなたの強みも、もう一度生きてくる」と。

これら5つの話は、あたかも5つの惑星から発せられているかのようです。これはおそらく、私と宇宙との関わりを言っているものであります。私は2つの世界~脚本にみちた世界と脚本のない部族の人の世界~を行き来しています。そしてこれはある意味、宇宙の窓を出入りする、宇宙の通り道、回り道であるといえます。こうした回り道をすることによって、宇宙的アジア人としての長所を再発見することができたと考えています。そしてこれにより、現代的な知識人が土地固有の人々の常識を尊重し、バランスを失った私たちの地域のバランスを、地球のバランスを取り戻すことができると信じています。

芸術・文化賞/クス・ムルティア・パク・ブウォノ氏による受賞者スピーチ

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本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。私たちが、心穏やかに、また健やかに会うことができたことを祝福し、神に感謝いたします。また、同時にスロカルト王宮と家族、そして福岡アジア文化賞委員会および福岡市にも心より感謝いたします。

スロカルト王宮は、私が生まれ育ったところです。インドネシアでは、ジャワ文化はジャワ民族の誇りであり、民族がひとつになるためにジャワ文化を長年に渡って受け継いできました。

この受賞は、私の祖父であるパク・ブウォノ王11世以来、非常に良好な関係を保っているスロカルト王宮文化を、維持し、さらに発展させようとする父パク・ブウォノ王12世によるものといっても過言ではありません。この受賞の喜びを祖父そして父に捧げます。

この福岡アジア文化賞の受賞が、日本および福岡市とソロとの間の文化交流を見直し、促進するきっかけになれば嬉しく思います。この受賞を糧に芸能にさらに磨きをかけ、ジャワ文化を後世に引き継ぎ世界に広めていきたいと思います。

受賞者と司会のジュディ・オング氏による対談

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市民のみなさまから寄せられた質問に直接答えていく、という新しい試みによる対談は、終始なごやかムードで進みました。受賞者の意外な一面が垣間見えるとても楽しいひとときになりました。

---今回、初めて来られた福岡の街の印象をまずは教えてください。また、今後の日本に対する要望などはありますか?(中央区・堀切哲さまからのご質問)
シヴァ氏:福岡は私に賞を与えてくれた町です。私に賞を与えてくれたということは、オープンで温かく開かれた都市ということですよね(笑)福岡の印象は、とにかく食べ物が美味しいということでしょうか。私は有機農法をすすめる活動をしているのですが、そういう美味しいものを食べることも喜びのひとつです。福岡でもオーガニックの美味しいものをたくさん食べていますよ!
チャーンウィット氏:福岡の名前は知っていたが、今回初めて来ることができました。ラーメン美味しいですね~(笑)今までは京都のニシンそばが一番好きだったんですが、今回で一番が変わりました!
タヒミック氏:福岡は、"Happy Hill(幸せの丘)"という意味だと聞きました。だからでしょうか、福岡に来られて、今とても幸せです。また、東京や大阪に比べて、とてもリラックスした街ですね。でもちょっと台風が多いかな。私がフィリピンから引き連れてきたのかもしれませんが(笑)
ムルティア氏:福岡は自分の故郷と似ています。人々が純粋で、マナー、エチケット、あいさつ様式など、とても似ていて親近感を感じます。また、福岡は産業も盛んですが、その一方で伝統も色濃く残っている都市だと感じました。
ジュディ氏:それでは、今後の日本に対する要望などありましたらお聞かせください。
シヴァ氏:日本にお願いしたいことは、平和、多様性、持続可能性を持った、新しい世界へと再生させる力の一部に是非なっていただきたい。今のアメリカは双極化しています。タヒミックさんの言われるindi-genius(インディジーニアス)、つまり賢いアジアの知恵をつかって、代替的な平和、正義が生まれてくればと思います。
チャーンウィット氏:ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、70年代当時、私は日本にあまりいい印象を持っていませんでした。しかしながら今は違います。今は、日本のことを深く理解し、日本で起きていることがより分かるようになりましたから。今後の日本には、アジアの小さな国々とも一緒に働くことで、より大きな役割を果たしてくれると期待しています。
タヒミック氏:昨年の津波を含めた一連の悲劇で、一種の思いやりの心がさらに深く沸き起こったのではないでしょうか。私たちの言語には、"Kapwa"という言葉があります。「自分と他者」また「それをつなぐ」という意味の言葉です。様々なことをする際に、他者とのつながりを考えるのですが、コンピュータ化された現代では、それがありません。つながりたいと思う人と切り離されてしまうことが、現代では容易に起こってしまうのです。しかしながら一方で、"kapwa"のような社会が今でも存在するのは事実ですし、またそれを見直そうという流れもあります。技術だけではなく、人の心が大切なのだ、そういった思いやりの文化を再確認することが大切なのだと思います。
ムルティア氏:スロカルト王宮と日本は、祖父の代から43年間近く交流を続けてきました。自分の役割は、ジャワ文化を世界に広めていくことだと考えています。王宮の外で踊りを広めようと父が考え、自分がそれを実践してきました。1982年と1997年に日本に来て舞踊を披露したこともあるんですよ。文化を架け橋として、今後も両国の関係を強くしていければと思います。
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---日常生活で心がけているもの、大切にしていることはありますか?(城南区・太田千穂さまからのご質問)
シヴァ氏:私が大切にしていることは、研究と行動をわけない、アイディアと実践を分けないということです。それらを分断しないということですね。有機農法をすすめること、種子を育てること、どんな小さなことでもすべて重要なことなのですから。かつて自分の子供にこう言われました。科学者は真理を知らなければいけない、と。もちろん私は科学者ですから、真理を知らなければなりません。しかし、それよりも真実を知ることがもっと大切なことなのです。真実を知らされないとイライラするでしょ。私は真実を伝え、真理を追求します。必要であれば、大きな嘘をついてでも真理をつらぬきたいと思っています。
チャーンウィット氏:私がやりたいこと、心がけていることは、近隣諸国との理解を深めることです。というのは、タイは日本のような島国だと考えている若者が実はとても多く、何も心配しなくていいと考えている国民も少なくありません。しかし、近隣との相互理解が今のタイには必要です。アジア人自身がお互いに理解を深めなければならないのです。そのために、私はあちこち飛び回り、近隣諸国との相互理解に取り組んでいます。
タヒミック氏:私は常日頃、時計が宇宙の邪魔をしないように頑張っています(笑)宇宙からのメッセージを聞くには、時計のカチカチという音が邪魔なのですよ。ちょっとクレイジーかな?もちろん、日本の列車のように時間通りに事がすすむのはとても素晴らしいことです。ただ私は、宇宙の時間を大切にしたいと思っています。想像力を高める“宇宙の時間”です。時間のプレッシャーを私が感じていたら、創造的な宇宙の時間を私は持てなかったでしょう。
ムルティア氏:私が日頃から心がけていることは、文化を敬うことです。今現在、私は86の機関をつくり文化活動を続けています。次世代にこの文化を継承したいですし、またそうしなければならないと考えています。文化の継承は誰にでもできることではありません。子孫としてやらなければならないという使命感があります。

直接、市民のみなさまが質問を投げかけることで始まった対談は、終始なごやかムードで進みました。福岡の印象についてユーモアたっぷりに答える受賞者たちの意外な一面が垣間見えた、とても楽しい対談でした。

スロカルト王宮舞踊家による「ジャワ宮廷舞踊・スリンピ」特別パフォーマンス

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今回のために特別にインドネシアからお招きした、スロカルト王宮舞踊家たちによる宮廷舞踊が、式典の最後に披露されました。今回は、ムルティアさんが特別に振り付けを行った、女性4人によるスリンピ(Srimpi)と呼ばれる宮廷舞踊をご披露いただきました。今回の受賞の喜びを伝えるための特別バージョンです。福岡ではめったにお目にかかれない、異国情緒たっぷりの舞いに、観客のみなさまは時を忘れてうっとり。優雅なガムラン音楽の音色に時の経つのも忘れるほどでした。

◆◇◆実際の式典で披露された舞踊・スリンピは以下からご覧いただけます◆◇◆

2012年(第23回)福岡アジア文化賞祝賀会

授賞式後に関係者が集まって開かれた祝賀会は、華やかな雰囲気の中ですすみました。式とは違いリラックスした表情の各受賞者やその家族たちが、関係者たちと和やかに談笑し、各国の代表者や福岡の参列者とともに受賞者の功績をたたえました。

会場から祝福を受けるムルティアさん
会場から祝福を受けるムルティアさん
談笑する高島市長とシヴァさん
アジアフォーカス招待作品の台湾映画『天龍一座がゆく』監督ご一行もお祝いに駆けつけました

福岡アジア文化賞年次報告書ダウンロード

福岡アジア文化賞授賞式の様子や各種イベントのレポートを含めた2012年度の事業報告書を、PDF形式でダウンロードいただけます。

2012年福岡アジア文化賞年次報告書ダウンロード

各種イベントレポート

2012年度の授賞式以外のイベントレポートをご覧いただけます。