贈賞理由
アンベス・R・オカンポ氏は、優れた歴史学者であり、大学教員、新聞や雑誌のコラムニスト、歴史文化行政の責任者や顧問として、フィリピンの学術・文化・社会の発展に大きく貢献している知識人である。フィリピンの歴史が、スペインと米国の植民地支配を受けたことにより、広くグローバルなネットワークのなかで展開してきたことを分かりやすく説明し、開かれたナショナリズムの発展とアジアや欧米との国際交流の推進に尽力している。
オカンポ氏は、1961年マニラに生まれ、デ・ラ・サール大学でフィリピン学の修士号を取得。1985年から新聞や雑誌などで歴史と文化に関する連載コラムやエッセーを書き始め、それらを『Looking Back(過去を振り返る)』(1990年)と『Rizal Without the Overcoat(外套を脱いだリサール)』(1990年)の2冊にまとめて出版し好評を博した。その後、ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院への留学、マニラにあるモンセラート聖母修道院での修道生活を経て、再び教育、文筆、講演などの活動に戻り、今までに20冊を超える著作を発表している。
著作の内容は、19世紀後半にスペイン植民地統治の改革を目指すプロパガンダ運動を推進したホセ・リサールをはじめ、その運動が急進化して1896年の独立革命へと発展してゆく際に活躍したアポリナリオ・マビニ、アントニオ・ルナ、エミリオ・アギナルドらの指導者に関するものと、広く近現代史の諸側面に関わるものとに分けることができる。
いずれの著作も、英雄や偉人とされる人物の思想や言動を分かりやすく解説すると同時に、彼らを喜怒哀楽の感情をもつ等身大の人間として描くことを通して、また彼らの生活の諸相や、時代の気分、文化の香りまでを具体的な質感をもって書き込むことにより、歴史を活き活きとした物語として市民に提供している。これにより、幅広い世代の市民が、歴史を身近に感じ、過去への関心を持ち続けることに大きな役割を果たしている。オカンポ氏は、これらの著書や、メディアを通した活発な発言等を通じて、歴史を市民の共有財産とし、またフィリピンの歴史を作った運動家や指導者たちが、欧米や近隣アジアとの密接な交流と交友の中で活動したことを示すことで、市民の開かれた国民意識と国際感覚を育むことに寄与している。
また、フィリピン国立歴史研究所長(2002年-10年)、フィリピン国家歴史委員会長(2010年-11年)、アテネオ・デ・マニラ大学歴史学科長(2010年-12年)等を歴任し、とりわけフィリピン国家文化芸術委員会長在任時(2005年−07年)にはベトナム、パキスタン、北朝鮮と文化協定を結び、中国、フランス、メキシコと文化人交流プログラムを締結するなど、文化行政や教育面での貢献も大きい。 歴史を市井の人たちの身近なものへと取り戻し、フィリピンの開かれたナショナリズムと国際感覚の育成に寄与しながら、国際文化交流に多大な貢献をしてきたアンベス・R・オカンポ氏は、まさに「福岡アジア文化賞 学術研究賞」 にふさわしい。