贈賞理由
ナリニ・マラニ氏は、アジアを代表する美術家として、国際的に高い評価を得ている。インド亜大陸の近現代史と向き合い、映像と絵画を組み合わせた大がかりな空間造形を通して、宗教対立や戦争、女性への抑圧、環境破壊など、今日的かつ普遍的なテーマに挑み続けてきた。
マラニ氏は、1946年、パキスタン(当時は英領インド)のカラチに生まれた。翌1947年、インド、パキスタンの英国からの分離独立の混乱の中、マラニ一家はインドのコルカタへ逃れた。1969年にムンバイのサー・J.J.美術学校を卒業した後、フランス政府奨学金給費生としてパリに留学、1973年に帰国してムンバイを拠点に制作活動を続けている。1987年、インドで初めての女性アーティストによる女性アーティスト展「鏡の向こうに」を企画開催して注目され、1990年代になると初めてのインスタレーション作品の制作や観衆参加による公開制作・討論の展覧会「欲望の都市」を開催するなど、インド国内で高まったヒンドゥー至上主義に対する危機感をバネに、保守的なインドのアートシーンに新たな表現領域を切り拓いた。アジア太平洋トリエンナーレ(ブリスベン、1996)、ニュー・ミュージアム(ニューヨーク、2002)での個展のほか、ヴェネチア・ビエンナーレ(2007)、ドクメンタ(カッセル、2012)など数々の国際展に招かれ、欧米、アジアで開かれるインド現代美術展の中核的存在として活躍している。また、福岡アジア美術館での滞在制作(1999-2000)や、国立新美術館でのアーティストファイル展(2013)など、日本でもたびたび紹介されてきた。
マラニ氏はその作品において、インスタレーションのような現代的な表現形式を取りながら、ガラス絵や影絵芝居、走馬灯、神々を描いたカリガ-ト民俗画など、伝統的な民衆の造形世界と深く結びついた懐かしい温もりや夢のような幻想性を醸し出している。しかし、その主題は、原理主義による宗教対立、戦争や核問題、女性への暴力や抑圧、環境破壊など、世界が直面する深刻な課題や矛盾に応答するものであり、多様なイメージの断片を重ね合わせ、善悪二元論のような単純な図式に還元されない多層的な物語を生み出している。
世界が直面する困難な課題を題材に、インドの伝統に根ざしながら新鮮な表現を追求した作品を意欲的に発表して、国際的な評価を確固たるものとし、アジアを代表する女性アーティストとなったナリニ・マラニ氏は、まさに「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしい。