贈賞理由

ティージャン・バーイー氏は、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』に基づく歌語りのパンダワーニーを現代に伝える第一人者である。先住民社会の出身であり女性であることで二重にインド社会から差別されつつも類まれな天賦の才と強い意志をもって歌い続け、その成功によって、女性たちや虐げられた人々に勇気と励ましを与えてきた。

『マハーバーラタ』は、紀元前1000年頃に北インド平原部でいとこ同士の王子たちが激しく戦った戦記である。その様子を歌語りにした演目は各地各様に流布するが、パンダワーニーは古式にこだわらず、地域語のチャッティースガリーを駆使して民衆の人気を集めた。
古来インドでは様々な説話・伝承が、吟唱者によって豊かに伝えられてきた。民衆に人気がある『ラーマーヤナ』と双璧をなす『マハーバーラタ』はそれ以上に分量も内容も豊富な古今東西最大の叙事詩であり、これに比肩するものはない。そのうちに含まれる挿話のただひとつをとってもその語りには数夜を要し、その背後の哲学を解するのも容易なことではない。

このような古代叙事詩は、その起源も紀元前に遡るとされ、内容も深遠で難解であるが、一方ではそれはより判りやすい音楽や舞踊の形に移され、さらには地域語での語りや即興的な掛け合いをも交えながら発展をとげていった。今に伝わる歌語りは、2000年余りも以前の姿をそのままに留めているわけではないが、かえってその単純化された歌語りや身振り等による表現は、時代や地域を超えて、民衆の心に深く沁み通る。中でも彼女の歌語りは、必ずしもヒンドゥーの教義や学問的裏付けもない、中部インドの奥地に住む先住民社会出身の女性の心からの訴えである。その絞り出すような声と、伴奏者らとかわす念を押すようなパンダワーニー独特の短いやり取りの面白さは他の追随を許さない。

ティージャン・バーイー氏は、大統領から授与されるパドマ・シュリー章、さらに高位のパドマ・ブーシャン章、また地元の大学からの名誉学位をはじめ、数々の賞を受け、外国からの公演依頼をうけている。しかし彼女はそれによって生き方を変えることもなく、ただ彼女の愛するパンダワーニーの楽曲に浸り、空いた時間には、地元の工場での仕事を続けていた。

しかし、彼女の半生は決して平坦なものではなかった。先史時代以来の採集狩猟を続けてきた先住民の社会はことに女性に厳しく、12歳で結婚を強いられた彼女が人前で大好きな歌を披露することに家族や社会はこぞって反対した。ついには粗末な小屋での一人暮らしを余儀なくされ、さらには数度の離婚と子供たちとの死別という経験もした。しかしパンダワーニーを演じる彼女の強い意志と生き方は、インド社会の女性たちに人生の指針となって、生きていく上での強い勇気を与えた。

このような彼女の生き方は、音楽芸術上の貢献にとどまらない。社会面にも及ぶその多方面にわたる功績は著しく、まさに「福岡アジア文化賞 芸術・文化賞」にふさわしい。

大統領よりインド国勲パドマ・ブーシャン章を受章(2003)
名誉博士号を授与される(2003)
フランスにて公演(2009)

ティージャン・バーイー氏からのビデオメッセージ