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福岡ユネスコ講演会「生きている歴史、繋ぐ記憶」レポート

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先週の土曜日に、福岡市内にある電気ビル共創館にて開催された、テッサ・モーリス=スズキ氏による福岡ユネスコ・アジア文化講演会。「生きている歴史、繋ぐ記憶」と題して、歴史とは何か、また歴史を現在に生きるとはどのようなことなのかについて講演を行いました。

第一部基調講演:生きている歴史、繋ぐ記憶(講演抄録)

第二次大戦直後の1946年に、オーストラリアで「国際理解のための教育」というテーマの国際会議が開催されました。これは、ヒトは「種」として、共に滅亡することを望まないのであれば、共に生存することを学ばなければならない、という画期的なテーマを掲げた国際会議でした。

1946年に設立されたユネスコは、実はこの思想のコアを実現させるための機関でした。平和は、ほっておいても先方からやってきてはくれません。我々が創造し、構築し、実践していくものであり、教育の中心的な目的のひとつは、まさにそれなのです。

1950~60年代にも、ユネスコは学校における教育をテーマとして、数多くの国際会議を開催しました。これらの会議で示された新しいアプローチは、日本でも歓迎されました。1953年になると「国際理解のための教育」を推進する目的で「ユネスコ・スクール」というものが日本に誕生しました。そこでは宗教や人種による差別・蔑視の撤廃、人権が侵害された場合の対処の方法といった学校教育プログラムが盛り込まれており、とても画期的な取り組みとなりました。これら20世紀中期に立ち上げられ実践された思想は、21世紀の今でも大変有効なものだといえるでしょう。

それでは、今現在の状況はどうでしょう?

世界の多くの国家は、2015年の現在に至るまで、国際相互理解とはまったくかけ離れた政策を、グローバル化した世界に適用しようとしています。 2005年に、アメリカ、ロシア、フランス、ドイツなどの各国首脳が、モスクワで「第二次世界大戦終結60周年の記念式典」のため、同一の檀上に並びましたが、70年目の節目となる今年、これと同等の和解の式典が執り行われる可能性は、以前にもまして少なくなってしまいました。

では、なぜ我々は「和解」の道から退却してしまったのでしょうか?

その理由は様々ありますが、そのひとつが、国際秩序の変容と関係しています。グローバル化した新しい経済構造のもと、これまで圧倒的だったアメリカのパワーは相対的に低下し、代わってインドや中国が、世界経済の新たな牽引役として台頭してきました。また、もうひとつの理由として、教育制度が、グローバル経済システムの一部となっていることも見逃せません。本来、研究とは、自由な「知の生産」であるはずですが、ある特定の、市場で価値を生むテーマへ特化した研究が偏重されるような社会へと変貌してきています。その結果、市場経済で直接お金にならない研究は疎まれるようになってしまいました。

特に、高等教育の場で絶滅の危機にさらされているのが、人文社会科学の「知」です。人社会科学における「知」のエッセンスは、人間であるとはどういうことかを学ぶ部分にあり、それは人間同士の相互理解を促進するためのものです。 現在、多くの高等教育機関で、自然科学、医学、工学といったジャンルに偏った予算配分がなされており、人文社会科学部門は縮小の一途をたどっています。この傾向は日本においても同じです。 この動きは、学校や大学、あるいは教師や生徒に重大な結果をもたらすだけではありません。政治や社会全体、そして究極的には、ユネスコの設立目的でもある戦争と平和に関しても、極めて重大な影響を及ぼすでしょう。

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では、我々はどうやって、人文社会科学の「知」を擁護し、かつ再活性化できるのでしょうか?

必要なのは「境界を越える」という作業だと考えます。第一に「国と国との境界である国境を越えること」。第二に「アカデミーつまり学問の世界と日常生活との間にある国境を越えること」です。 歴史は、象牙の塔で囲い込まれた専門的な知識ではないはずです。

日本近現代史を眺めていくと近現代の教育史から学ぶことが多いことに気付かされます。例えば1920年に、哲学者の土田杏村(つちだきょうそん)により設立された「土田自由大学」。ここでは、学問の世界と日常生活との間の境界を越える試みが数多くなされました。 土田は、大学建学の精神を「我々の大学の教育は、団体として特に資本主義的でもなければ、社会主義的でもない。それらの批判を自分自身で決定しうる精神力と教育とを得ることを目的とするものである」と語りました。現在の歴史教育を受けて育つ者は、果たしてこの「自分自身で決定する」能力を身につけることができるでしょうか。

多くの国々で起こっている、歴史に関する対立や軋轢は、人々が「歴史の真実」を理解していないから起こっているだけではなく「歴史とは何か」という基本的な部分を理解していないから起こっていると言えます。歴史とは、単一的なものではなく、とても複合的で複雑な巨大ジグソーパズルのようなものです。このパズルのピースをひとつかふたつ取り上げて、すべての絵はこうであると言うことはできません。逆に、数か所のピースが思ったところに収まらないからといって、そのジグソーパズルはすべて虚偽である、ということもできません。 歴史の大きな物語や、そこに埋もれた小さな歴史、裏付けのない物語や誤解を招く資料もあるでしょう。それらのピースの正邪を見極めるために、土田のいう「批判を自分自身で決定しうる」能力が必要不可欠なのです。

32歳で若くして亡くなった日本の歴史家に、保刈実(ほかりみのる)という人がいます。保刈は、自らが住む世界のなかで、自分自身の物語をつくり伝えていくことを「歴史する(Doing History)」と表現しました。「歴史する」というのは、ジグソーパズルで大きな絵をつくっていくことです。パズルのピースはほぼ無限にあります。そのピースを少しずつ集め、精査し検証し分析する。そして全体像のなかに埋め込んでいく・・・これが「歴史する」ということです。

我々は、一人ひとりが歴史の物語を編んでいます。一人だけではパズルの完成は望めません。それゆえ、多くの知見を参照し、異なる立場の人たちと交流し、生涯をかけてこれに取り組まなければなりません。歴史教育の究極の目的は、研究者、ジャーナリスト、政治家あるいは一般の人たちが、これらの情報にアクセスし、総合的に判断できるようにすることです。「自分自身で決定しうる」能力を身につけ、専門家に教えられる歴史の単なる消費者とはならず、一人ひとりが歴史の物語の主体的な参加者となれるように導くことこそが、真の歴史教育の目的なのです。

第二部対談:姜尚中氏との対談

第二部では、古くからの友人でもある姜尚中氏との対談が行われました。第一部の講演内容を受けて、さらにテーマを深めるトークが繰り広げられました。

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