贈賞理由

矢野暢氏は、わが国の東南アジア研究の第1人者であり、日本を代表する気鋭の社会科学者として国際的に高い評価を受けている。

同氏は、東南アジア地域研究を学問としてわが国で定着させたパイオニアである。すでに大学院生の頃に、南タイの一村落で2年間にわたり村の人々と生活をともにしてその世界に深く沈潜する一方、社会科学者としての学問的なディスプリンをフィールドワークの成果によってたえず検証しみがき上げ、理論と実証のゆるぎない結合を通して、地域研究の本格的な方法論を確立してきた。その後も、アジアについての知的思索を深めながら、この世界の固有原理を全人類史的な視野において照らし出し、数々の学問的業績をつみ重ねてきた。

こうして生み出された東南アジアに関する一連の著作、例えば『タイ・ビルマ現代政治史研究』、『東南アジア世界の論理』、『冷戦と東南アジア』、『東南アジア世界の構図』、『国家感覚』、『「南進」の系譜』などが学界に及ぼした影響は大きく、高い評価を得ている。これらの業績では、例えば「小型家産制国家」の理論のように、東南アジア世界の成り立ちと伝統国家の構造が解明されるとともに、その現代的な意義が説かれるなど、この世界の歴史と社会と文化への深い洞察が提示される一方、日本とアジアのかかわり合いのエトスについてのきびしい知的な問いかけが、絶えずなされてきている。

同氏はさらに、欧米語はもとよりアジアの言語を駆使するすぐれた語学力と豊かな知的構想力とによって、第一級の国際会議、シンポジウムを企画し、わが国と世界との学術文化交流に多大な貢献をなしている。

同氏のこのような一連の学問的業績は、日本はもとより世界でも高く評価され、本年1月には、日本人としてはもちろん、アジアでも初めての社会科学者として、スウェーデン王立科学アカデミーの会員に選出された。

このように、矢野暢氏の業績は、現在から未来へと向かうアジアの社会と文化の理解のために大きな貢献をなしたと評価できるものであり、まさしく、「福岡アジア文化賞創設特別賞」に相応しい業績と言える。