贈賞理由

ハムザ・アワン・アマット氏はマレーシアにおける影絵人形芝居「ワヤン・クリット」の巨匠といえよう。マレー半島に伝承される影絵人形芝居の伝統を継承しつつ、新たな創作や改良を加え、支持層を拡大し、国際的にも高く評価されている。

ハムザ氏は1940年、マレー半島東岸部、伝統文化が息づくクランタン州クバカット村に生まれ、幼い頃より影絵人形芝居のダラン(影絵人形遣い)である父親から薫陶を受け、ダランになることを志していた。1959年にダランのオマー・ユヌス氏一座の楽器奏者として本格的な影絵人形芝居の活動に加わる一方、伝統音楽のグループ、クンプラン・スリ・スティアを組織して公演活動を始め、これをもとに影絵人形芝居団へと発展させていった。その後、クランタンの伝統を継承する代表的なダラン、アワン・ラー・パンダク氏のもとで、影絵人形芝居の神髄ともいえる語りを学び、演じ手であり、また演出家でもあるダランとしての才能を飛躍的に高めていくこととなった。

マレーシア・クランタンの影絵人形芝居は、カンボジアを源としてタイ南部から伝えられ、演目においては、インドネシアやタイ、カンボジアのものとも共通するインド古代叙事詩ラーマーヤナなどを素材とするが、そのマレーシア版ともいえるヒカヤット・スリ・ラマの物語が軸として演じられ、独自の表現形式や異なる楽器編成をもっている。ハムザ氏はこのマレーシアの貴重な伝統芸能の存在と真価をあらためて世に知らしめるとともに、その地位を高めることに貢献してきた。マレーシア政府によりその活動を評価された同氏は、1971年、ヨーロッパ、アフリカの10か国に派遣され、これをきっかけとして、以後、欧米やアジア地域からの招聘、派遣は数次に及び、国際的な評価の地歩を確立していった。このようなマレーシアの影絵人形芝居における同氏の多大な功績に対し、1993年に創設された第一回の国家芸術賞が贈られている。

さらに、ハムザ氏は旧来の影絵人形芝居の師弟制度にとらわれず、多くの人に門戸を開いた機能的な教授法や学習法を確立させるなど、積極的に後進の育成に尽力している。1977年から18年にわたりマレーシア科学大学で客員講師をつとめるとともに、現在は国家芸術賞の受賞者として国立芸術アカデミーの客員講師に招かれ、研究者や学生の指導にあたっている。

影絵人形芝居をマレーシアの貴重な無形文化財として、また国際的に高く評価される芸術として発展させたハムザ氏の功績は大きく、まさに「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしいといえよう。