贈賞理由

パルタ・チャタジー氏はインド出身の政治学者・歴史学者で、アジアや途上国の視点から先鋭な問題提起を行ってきた。ことに、南アジアの民衆の歴史を掘り起こそうと試みた「サバルタン研究(the Subaltern Studies)」の中心に立ち、それまで顧みられなかった「民衆の政治」という領域を明らかにするために、「ポストコロニアルな批判」を提起したことで 知られている。

チャタジー氏は1947年インドのコルカタに生まれた。1972年に米国ロチェスター大学で政治学の博士号を取得し帰国、翌年よりコルカタの社会科学研究センター(CSSS)に籍を置き、1997年から10年間所長を務めた。

サバルタン研究は、グハやパーンデー、そしてスピヴァクらとともに「民衆を主体とした歴史をどのように書くか」という課題に挑戦した知的な運動であ る。その登場の背景には、1970年代後半から80年代にかけての国家の動揺や、知識人だけでなく普通の人々が、「国家の独立は本当に国民を解放したの か」という根本的な疑問を抱くような時代状況があった。こうした疑問への答えを求めて、チャタジー氏らは、従来の歴史研究とそれらに基づいた政治的な議論 の限界を越えて、「声なき民」の歴史を蘇らせようと尽力し、その過程で、新しい概念や議論、さらには方法論を生み出した。

サバルタン研究を中心としたチャタジー氏の研究活動は欧米に衝撃を与え、さらにラテンアメリカやアフリカという他の地域にも大きな影響を及ぼしてい る。それは学術研究の世界において、欧米が中心となり圧倒的な影響を他の地域にも与えるという、非対称な力関係を再考し革新していく大きなインパクトを与 えた、画期的な研究であるといえる。

またチャタジー氏は、CSSSを拠点に、意欲的な共同研究と若手の教育活動に貢献してきた有能なオーガナイザーでもある。そうした努力によって、欧米に対して独自の学術研究の基盤を築き、国家や政治勢力から自由な言論活動の場を保持してきた。

このように、アジアを拠点とした学術研究が自由をめぐる独創的な思想を生み出し、新しい魅力的な学問として世界に貢献できることを、自らの生き方を通して実践してきたパルタ・チャタジー氏は、まさに「福岡アジア文化賞-学術研究賞」にふさわしい。

1968年 チャタジー氏20歳
2006年1月 コルカタの社会科学研究センターにて
2009年1月 東京外国語大学におけるセミナーにて