贈賞理由

シーサック・ワンリポードム氏は、タイだけでなく東南アジアを代表する人類学・考古学者であり、人類学と考古学、歴史学、民俗学を統合し、地域史に立脚した視点に立って、タイの歴史を大きく塗り替えた。

シーサック氏の研究は、欧米の研究者の説に安易に依拠する自国の研究者への批判と、国家・王朝中心史観に終始したタイの従来の歴史観への疑問を提示した。また、タイ中心の一国史ではなく、自らの精力的な現地調査に基づき、地域史に立脚した新しい歴史像を再構築した。同氏の研究は多岐にわたり、中でも東北タイの先史考古学研究及びタイの古代都市と国家に関する研究は大きな業績である。前者については、徹底した現地調査に基づく遺跡目録を作成し、農業と塩と鉄の重要性を説き、また東北タイ独特の結界石の特徴と系譜から、信仰の伝統が先史時代から歴史時代まで継続したことを明らかにした。これらの研究により、「貧しい東北タイ」という従来の歴史像から、「豊かであった東北タイ」への歴史像転換の契機を作った。同氏が蓄積した東北タイ考古学情報の一部はインターネット上で公開され、国際的に高く評価されている。また後者の古代都市と国家に関する研究では、空中写真を駆使して、最初の都市国家ドヴァーラヴァティーをはじめ、スコータイ王朝やアユタヤ王朝の都市計画と都市構造を解明するとともに、東南アジアを舞台とした交易活動がタイの古代都市と国家の成立のうえに大きな影響を与えたことを論じた。

チュラーロンコーン大学卒業後、西オーストラリア大学で人類学を学び、シンラパコーン大学考古学部人類学科で教育と研究に携わってきた。その間、さまざまな学術研究団体の要職を務め、スコータイ歴史公園開発プロジェクト主任社会科学者など、タイ政府の文化財保護事業の各種委員会委員として重要な提言を行なってきた。また、タイの考古学・歴史学研究の代表的季刊誌「ムアン・ボーラーン・ジャーナル」を主宰し、その編集長として研究成果を広く社会に還元することに長い期間にわたり尽力するなど、行動する学者でもある。

このようにシーサック氏の研究と活動は、考古学資料に基づき、独自の人類学の視点から、地域史と環境を重視したタイ及び東南アジア史像を再構築したものであり、まさしく「福岡アジア文化賞―学術研究賞」にふさわしい。