贈賞理由

スタンレー J. タンバイア氏のタイ、スリランカにおける、実証的調査に基づきながら独創的な解釈を導き出した人類学的業績は、国際的に極めて高く評価されてきた。さらに、儀礼、呪術、宗教、国家、アイデンティティについての独自の精緻な理論は、人類学を越えて広く人文・社会科学の諸分野に浸透している。

タミル系出自のスリランカ人として、タンバイア氏はセイロン大学で教育を受け、アメリカのコーネル大学で博士号を得た。1960年からタイで国連専門家として調査に従事し、タイ研究者の道を歩み始める。その後、ケンブリッジ大学、シカゴ大学で教鞭をとった後、1976年以来ハーバード大学の人類学科教授として、アメリカのアジア研究、人類学界の指導的立場にある。

『東北タイにおける仏教と精霊信仰』をはじめとするタイに関する三部作の大著は、儀礼論、国家論、カリスマ論などを理論的背景に、詳細な民族誌、歴史人類学の作品としてすでに古典的な位置付けを与えられている。理論的な論考である『文化・思考・社会的行為』『呪術・科学・宗教・合理性の限界』は象徴論、儀礼行為論などに大きなインパクトを与え続けている。1983年のスリランカでの民族紛争の激化を契機に、タイ研究などで中断されていたスリランカ研究を再び始め、紛争、暴力、仏教などに焦点を当てて宗教と政治と社会との関係について積極的に発言している。さらに、南アジアの民族帰属意識、民族抗争、集団的暴力について、比較的視点をふまえながら取り纏めを行っている。

現代人類学において最高の研究者の一人と認められ、数々の栄誉ある記念講演の演者としても指名され、諸大学の名誉博士号を付与されていることからも、その研究業績が広く認知されていることがわかる。特に権威の高い米国科学アカデミーの会員であることは特筆される。1989年には、世界的な活動をする米国アジア研究協会の会長を務めて、アジア研究の推進に貢献している。鋭い道徳的感受性、学問的誠実さ、深い思索に裏打ちされた業績は、社会的にも広く影響を与えている。

このように、学者として、アジア出自の知識人として、宗教と国家の関係や民族紛争など我々の直面する社会の問題、世界全体の問題に真摯に取り組み、卓越した業績を残したタンバイア氏は、「福岡アジア文化賞―学術研究賞・国際部門」の受賞者として真にふさわしいといえる。