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スロカルト王家~300年続く王家の伝統

cam_murtiyah_35.jpgインドネシア中部ジャワのマタラム王家に伝承されてきた宮廷舞踊の継承者であるムルティアさんは、スロカルト王家のパク・ブウォノ王12世の娘としてジャワ島中部のスロカルト(ソロ)に生まれます。

マタラム王国とは、16世紀末~18世紀にかけて、ジャワ島中部を中心に栄えた王国で、ソロ川流域の肥沃な平野に位置し、東南アジアでも有数の米産地であった中部ジャワの農業地帯を支配する強国として、隆盛を誇りました。

しかしながら、度重なる王位継承争いによって、一方はスロカルト王家(ススフナン家)、もう一方はジョグジャカルタ王家(スルタン家)として、2王家に分裂する事態となり、1755年、マタラム王国は消滅してしまいます。

その後、更に4王家に分裂して存続していた王家も、インドネシア独立にともないその政治的役割を終えます。

現在では、スロカルト王家とジョグジャカルタ王家の両家は、王家としての統治能力はなくしたものの、マタラム王国の宮廷文化の中心、ジャワ伝統文化の中心として、今もなお、その存在感を放ち続けています。

そんなスロカルト王家に王女として生まれたムルティアさんは、幼少の頃よりジャワの伝統文化を深く学び、300年に及ぶ宮廷舞踊を広く世に紹介するなど、中部ジャワ文化の保存と発展のために努力を続けてきました。

若い世代への伝統文化継承にも尽力するムルティアさんは、舞踊家として国際的に高く評価されるだけでなく、中部ジャワ文化を代表する存在となっています。

スロカルト(ソロ)とジョグジャカルタ

ジョグジャカルタから北東約65kmに位置する古都スロカルト。どちらもジャワ島中部にある地方都市です。

ムルティアさんが生まれたスロカルトは、マタラム王国の王都がかつて置かれていた場所で、ジョグジャカルタとともに、マタラム王国の宮廷文化の中心を担ってきました。現在でも、ガムラン音楽、影絵芝居、ジャワ舞踏など、伝統文化の中心地として、多くの人を惹きつけてやみません。

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王都が置かれる前は、ソロと呼ばれていたスロカルト。1745年、当時の王都から、隣町にあるソロに王都が移され「スロカルト」と命名されると、マタラム王国の新しい都に据えられました。

現在は、ジャワ島西部にあるジャカルタ市がインドネシアの首都として、政治経済金融の中心を担っていますが、芸術・文化の中心は、この両都市といえるでしょう。

インドネシアの古都として独自の文化を残す両都市は、クラトンと呼ばれる王宮や世界遺産を数多く抱え、インドネシア観光のメッカとして多くの観光客を集めています。

観光地としては、ジョグジャカルタに遅れをとっている感のあるスロカルトですが、観光地化してしまったジョグジャカルタよりも、奥ゆかしさを残すスロカルトに、ジャワの伝統文化の魅力を感じる来訪者も少なくありません。

特に伝統文化の保存活動においては、ジョクジャカルタの先をいき、ジャワ文化研究のメッカとさえいわれています。

マタラム王国
16世紀末~18世紀にかけて、ジャワ島中部を中心に栄えた王国。ムルティアさんは、この末裔にあたる。
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/マタラム王国)
スロカルト
インドネシア・ジャワ島中部にある都市。スラカルタ、ソロとも呼ばれている。マタラム王国の王位継承争いにより分裂した一方(ススフナン家)が拠点を置く。
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/スラカルタ)