贈賞理由

カターリヤ・ウム氏は、政治学と東南アジア研究に携わり、現代世界の課題に挑む秀逸な研究者であり、次世代の育成に力を注ぐ優れた教育者でもある。祖国カンボジアの悲劇の歴史を掘り起こし、移民や難民の人々の苦境に光を当て、武力紛争と平和構築、移民国家米国のエスニシティやアイデンティティの相克を捉える鋭い分析を行い、グローバル研究の新しい方法を提示してきた。

ウム氏は、1960年カンボジアのプノンペン生まれ。内戦下の故郷を後に、1975年外交官の父らと米国に移住。政治学を学び、カリフォルニア大学バークレー校大学院で東アジア研究の泰斗チャルマーズ・ジョンソン教授に師事し、1990年博士号を取得し、総長最優秀ポスドク・フェローにも選ばれた。1995年同校エスニック研究学部助教、2001年准教授に就任し、現在までアジア系米国人/アジア系ディアスポラ研究プログラムを率いてきた。さらに、全学の平和・紛争研究プログラム長などの要職も歴任し、2021年より社会科学院副院長を務める。

1970年代、ベトナム戦争に巻き込まれたカンボジアでは王政が倒され、混乱の中からポル・ポト政権が誕生し、未曾有のジェノサイドが引き起こされた。主著のFrom the Land of Shadows: War, Revolution, and the Making of the Cambodian Diaspora(和訳:暗影の国から―戦争、革命、カンボジア人ディアスポラの創出)(2015年)では、「なぜこの悲劇が起こったか」という問いへの答えを探しながら、生き延びた人々の声を聴き、残酷な暴力に沈黙で抵抗する姿に学び、不条理な運命に分断された国民の物語を綴る。

だからこそ、ウム氏は平和で公正な世界の実現をめざし、仲間とともに国際的な共同研究に邁進する。Southeast Asian Migration(和訳:東南アジアの移民)(2015年)、Departures(和訳:旅立ち)(2022年)、Globalization and Civil Society in East Asian Space(和訳:東アジア空間におけるグローバリゼーションと市民社会)(2022年)、Générations post-réfugiées(和訳:ポスト難民世代)(2023年)など、続々と共著を刊行してきた。

急激な変化に見舞われる時代には、未来を担う人々の育成が急務であり、ウム氏は大学キャンパスでも国籍・人種・エスニシティ・言語・ジェンダー・政治的信条などを互いに尊重し、学問の自由と発展を促す教育を目指してきた。その使命感を胸に、米国だけでなく、アジアや欧州の大学でも教鞭を執る。さらに、子どもたちにも希望を託し、ユネスコと協力して、国際協力を育む東南アジア共通史の書も出版してきた。研究とともに教育における功績に、2019年カリフォルニア大学バークレー校からの賞も与えられた。

自らの経験を踏まえ、カンボジアの内戦と大虐殺の歴史を掘り下げつつ、新たな研究領域を切り拓くウム氏の研究は、不確実性を増す現代世界において、その一層の重要性を獲得している。今日のいくつもの難題を乗り越えるために、協力して知を革新し、若者の啓蒙に尽力し、国境を越えた市民の絆を築こうとするカターリヤ・ウム氏は、まさに「福岡アジア文化賞 学術研究賞」にふさわしい。
 

受賞決定時のメッセージ

福岡アジア文化賞を受賞した名誉に対し非常に恐縮するとともに、皆様に認知していただけたことに深く感謝いたします。

難民研究学者としてこの受賞は、私の学術的貢献への認知のみではなく、学者や地球市民(グローバル・シチズン)として私たちが取り組んでいる、現代における最も喫緊の課題の重大性への認知でもあると思っています。

カンボジア出身の難民として、難民の方々の可能性と貢献に光が当てられたことに感謝いたします。

そして今まで以上にこの光は、恐怖や不安、そして憎しみという暗闇の中で輝く必要があるのです。

このような貴重な名誉を与えていただき、改めて感謝いたします。

受賞者の写真

大学院生時代、カリフォルニア大学バークレー校のインターナショナルハウスにて
博士号取得の喜びをお父様とともに
婚約パーティにて(左から-故チャルマーズ・ジョンソン氏、サミュエル・ポプキン氏、お父様)
コミュニティイベントにて
ウム家の仏塔への祈り ©SPICE/Stanford University
2017年 立教大学の国際シンポジウムにて