贈賞理由

張律氏は21世紀の東アジアを代表する映画監督である。中国の朝鮮族という出自と小説家としての幅広い教養をふまえて映画監督となり、アジア各国のスタッフ・キャストと協働しながら中国・韓国・日本の地方都市を舞台に据えて、国籍・国境を越えた「東アジア映画」としか呼びようのない独創的な作品を創り続けている。

張氏は1962年、中国の吉林省延辺で朝鮮族3世として生まれた。文化大革命期に父親が逮捕され、幼い氏は母親とともに農村に下放された。この時期に韓国語に加えて中国語も使えるようになったという。延辺大学中国文学科を卒業し、同大学で中国文学の教員となったのちに北京に拠点を移して小説家として活動する。

映画監督としては遅咲きで、2004年に長編第一作『唐詩』を発表。翌05年の『キムチを売る女』でカンヌ国際映画祭批評家週間ACID賞を受賞する。中国の辺境で生きる朝鮮族のシングルマザーを描く同作には、時事的な問題への関心と少数民族としての経験や知見が色濃く反映されている。2010年代に入ると韓国の著名な俳優やスタッフと組み、古都・慶州で男女の出会いと別れが展開する『慶州(キョンジュ) ヒョンとユニ』(2014年)、ソウルを舞台に脱北者ら3人の男性が中国から来た朝鮮族の女性に想いを寄せる『春の夢』(2016年)といった話題作を次々に発表し、カンヌ、ベルリン、釜山など主要映画祭に入選を果たしていく。

そして現在までのキャリアの集大成といえる三部作『群山:鵞鳥を咏う』(2018年)、『福岡』(2019年)、『柳川』(2021年)を相次いで発表。これらは韓国・中国に日本を加えた多国籍の映画人が協働して創り上げた全く新しい「東アジア映画」であると同時に、当初は映画祭への参加で訪れた福岡との交流が深まる中でアイデアが膨らみ、企画から撮影に至る過程で多くの市民・県民が関わって制作された点で、福岡にとっても国際文化交流の成果として意義深い三部作である。いずれも後悔や心残りを抱えた者らがある町を訪れ、特有の風景が移ろい、緩やかな時間が流れるなか、土地に馴染みながら人生と再び向き合っていく姿を描いている。

張作品の大きな特徴は、朝鮮族や脱北者など社会的マイノリティーへの眼差しに加えて、現実と夢、現在と過去、生と死といった一見対立する二項を往還する巧みな語り口にあり、近年ますます自在さを増している。また東アジアの近現代史に係る事象がしばしば登場するとともに、唐代の漢詩、福岡で没した詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)の作品から日本の童謡まで様々な詩歌が挿入されて豊かな情緒を醸し出している。劇中の言語の扱いもユニークで、韓国語、中国語、日本語が飛び交いながら、異なる言語での会話が難なく通じ合う自由闊達な演出が施され、異文化の融和や共生のビジョンを感得することができる。

2023年には、北京を舞台にした最新作『白塔之光』(2023年)がベルリン国際映画祭コンペティションに入選し、一段とスケールアップした姿で張氏はポスト三部作の一歩を踏み出した。

張律氏は、中国・韓国・日本の映画人との越境的なコラボレーションを通じて、その作品世界においても異文化の融和や共生のビジョンを表現し、比類なき「東アジア映画」と呼ぶべき作品を発表し、世界的に高く評価されている。その貢献は、まさに「福岡アジア文化賞 芸術・文化賞」にふさわしい。
 

受賞決定時のメッセージ

突然福岡アジア文化賞受賞と聞かされ、とても驚いたと同時に大変光栄に思います。

まず「縁」という文字が頭に浮かびましたが、これはアジアの文化に人々の誰もが共感出来る思いです。

ご縁がありまして、私は数回福岡を訪れ、たくさんの福岡の方と極めて深い友情を築き、「福岡」という名の映画まで撮りました。

これは私の「縁」であり、私の「福」でもあります。

9月の福岡行きを楽しみにしています。

受賞者の写真

幼少期-家族とともに
釜山映画祭にてニューカレンツ賞を受賞(2005年)
『福岡』撮影風景―福岡市役所の屋上にて
福岡の映画人とともに
ベルリン映画祭にて(2023年)
『白塔之光』撮影風景