伝統を越えて世界と向き合う─シャジア・シカンダーの歩み、そしてアートに込めた思い
開催日時
2022年9月30日(金)/18:30~20:20
会場等
福岡アジア美術館 あじびホール 及び オンライン(アーカイブ配信)
対談者
小勝 禮子氏(美術史家)
コーディネーター
後小路 雅弘氏(北九州市立美術館館長)

第一部 基調講演

パキスタンから米国、そして世界へ 軌跡とアートに込めた思い

 ムガル朝の伝統に連なる細密画の世界を、今を生きる魅力的な造形として蘇らせたシャジア・シカンダー氏。第1部では、世界で活躍するアーティストとなった軌跡と、アートに込めた思いが語られました。

 はじめにコーディネーターの後小路雅弘氏が、シカンダー氏の幼少期からアーティストになるまでの歩みを描いた絵本を紹介。そして、アーティストになった経緯、アメリカでの経験、細密画の新しい表現などに関して後小路氏より質問が出され、シカンダー氏が答えていきます。

 パキスタンで生まれ育ち、大家族に囲まれて伸び伸びと育ったシカンダー氏。軍事独裁政権下で細密画と出合い、絵を学ぶためラホール国立芸術大学に入学。従来の方法に独自のアイデアを加え、新しい表現法に挑戦してきました。細密画は南アジアで生まれましたが、植民地だったため本物は国内に残っていません。海外で初めて原画を見たときは感動し、「命にあふれ、生き生きとした姿を見ることができた」と語りました。

 1990年代後半からアメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインで学び、さまざまな問題に直面しました。特に「パキスタン人の女性の作品」という色眼鏡で見られることに疑問を感じ、既存の細密画の枠組みから飛び出そうと考えるようになります。透明な紙を使ったり、紙に描いた作品を彫像にしたり、多様な表現を追求しました。シカンダー氏は、細密画を通して植民地の歴史と向き合い、社会の先入観や固定観念とも闘いながら、常識を超える“境界のない”作品を発表してきました。

 新しい手法として、細密画にデジタルアニメーションを取り入れ、時間や空間の変化を表現するようになり、会場内でも実際に映像作品を投影し、細密画に描かれたモチーフがどんどん増えたり減ったりしながら姿を変え、想像を超えた世界が広がる作品を紹介しました。人と自然、天と地が溶け合っていくようなイマジネーションに満ちた作品に、アートへの思いが込められていました。

第二部 対談

多様な価値観に揺れる世界にアートはどのように応えるのか

対談者 小勝 禮子(美術史家)
コーディネーター 後小路 雅弘(北九州市立美術館館長)

 第2部では、長年にわたり女性アーティストの発掘と再評価を続けてきた美術史家・小勝禮子氏を加え、現代のアートについて語り合いました。小勝氏は、企画開催をしたアジア女性画家の展覧会について話した後、海外に拠点を置く日本女性アーティストの中から、ドイツで活躍するイケムラレイコ氏、塩田千春氏を紹介。海外で活動を始めた経緯、故国の文化の影響、活動状況や作品などについて伝えました。

 対談の後半では、「海外に拠点を置くことでどんな影響があったか」という質問に答えたシカンダー氏。故国か外国かという二者択一ではなく、拠点は循環的なものだという考えを伝え、「どこにいても、私の故郷とは絵を描くこと。自分のことを世界市民だと呼びたい」と話しました。

 また、コラボレーションを大切にして、さまざまな国の人たちと協力しながら作品を展開してきた様子を紹介。福岡市内にあるアーティストカフェで展示中の作品「≪視差≫Parallax」は、自然、歴史、産業などさまざまなものから着想を得て生まれたと語り、この作品は壮大な時間軸と多様な価値観を抱擁するダイナミックなアートで観客を魅了しています。最後に「パキスタンアーティストの先導者として、アーカイブから世界へと細密画を広げていきたい」と笑顔で抱負を語りました。