- 開催日時
- 2023年9月15日(金)18:30~20:30
- 会場等
- アクロス福岡4F国際会議場
- 対談者
- 小泉 順子氏(京都大学東南アジア地域研究研究所教授)
- コーディネーター
- 清水 展氏(関西大学政策創造学部客員教授)
第一部 基調講演
タイの歴史を新たな視点で読み解き、民主主義と社会主義を守る
歴史研究を通して、世界の人文・社会科学に大きな影響を与えたトンチャイ氏。「望ましい未来を示唆する知識は、必ず群衆の中に表れる」という信念を持ち、研究と実社会をつなぐ活動に力を注いできました。基調講演では、タイにおける民主主義と市民社会の発展を目指して歩んできた自らの旅路を語り、新たな歴史観に基づく未来への提言を行いました。
タイのバンコクで生まれ育ったトンチャイ氏は、軍事政権下の抑圧的な教育体制に疑問を持つ生徒だったそうです。1973年の学生運動を発端に、20年近く続いた軍事政権が崩壊。その後、タマサート大学に進学したトンチャイ氏は、学生運動のリーダーになります。民主主義革命によって、労働や教育など様々な場で争議が活発化する中、悲劇は起こりました。1976年、軍政の復活に反対する大学構内の集会で、50人近くもの虐殺が行われたのです。主導者として逮捕され、2年間の投獄生活を送ったトンチャイ氏。「社会を変えるためには、もっと社会を知る必要がある」と考えて学問の道に進み、大学教授として若い世代の教育に携わってきました。「犠牲になった人たちのことを忘れた日は、1日もありません」という言葉には、根底に流れる強い思いが込められていました。
トンチャイ氏は自身の歩みについて話した後、タイの中央集権的な問題点について見解を述べました。エリートや軍部が支配する政権を正当化する歴史教育のように、「イデオロギーが主導するものであってはいけない」と指摘。歴史には常に複数の道筋が存在し、多様な角度から読み解く重要性を訴え、タイの歴史を再考した著書『地図がつくったタイ』の執筆に挑んだことを明かしました。
そして、現在のタイに視点を移し、高校生を中心とした学生運動が活発化している現状と、デモに参加した学生の声を伝えました。「歴史は将来の種である」と、過去を再検討することで新たな道を拓く可能性を示したトンチャイ氏。より良い未来のために挑戦を続ける決意を改めて表明しました。
第二部 対談
真実の物語を伝えていくために
はじめに、コーディネーターの清水展氏が今年5月にタイで行われた選挙の結果に触れ、民主主義の動きが高まっている現状を伝えました。「社会運動の中心である若者たちに、トンチャイ氏の著書や発信が大きな影響を与えている」とコメントしました。続いて、タイ研究者の小泉順子氏が、著書『地図がつくったタイ』を中心にトンチャイ氏の業績を紹介。近代国家としてのタイが、地図という技術によって生まれたとする独自の概念について解説しました。
対談では、学生時代のことや研究について小泉氏が質問。トンチャイ氏は、学生運動に参加したきっかけや、大学で起きた虐殺事件について触れ、「歴史という視点を通して社会を理解し、タイの全体に関わりたい」という思いに至った経緯を語りました。そして、研究者として試行錯誤しながら新しい歴史に挑んだ過程や、また、研究の過程で地図の美しさに心打たれたこと、そして、真実の物語を伝えていくために『地図がつくったタイ』を執筆したことを語りました。また、タイの若い読者から「過去が違う方向から見えるようになった。未来の見方も変わっていくのではないか」と、うれしい反応があったと笑顔で話しました。
東南アジアにおけるタイの役割や、法制度の問題点など、会場からの質問も交えて話題は尽きず、どんな質問にも誠実に向き合うトンチャイ氏の熱意が伝わる対談となりました。