贈賞理由
巴金氏は、現代中国における最高峰の作家であり、その存在は、アジアを代表する知性である。
1919年5月4日、北京で始まった愛国・反帝運動、いわゆる「五・四運動」の波の中で、中国全土に広がった愛国主義に対し、国家という枠組みを超えた、普遍性の観点から警鐘を鳴らす一方、自身も上海あるいはフランスでアナーキズム運動に参加している。同氏にとってのアナーキズムは、民衆の解放であり、自由・平等・博愛であり、ひいては、人類愛や人道主義といった普遍性の追求であった。
しかし、その処女作『滅亡』にみられるように、アナーキズム運動の衰退・挫折に伴う苦悩が、結果的に同氏をして本格的な作家活動へと導くこととなった。1933年に刊行された初期の代表作である『家』は、封建的家庭への反抗と当時の青年の理想を描写していることで、若い読者を引き付け、圧倒的支持を得ている。
この後、数多くの作品を発表していくが、日中戦争の勃発により、抗日戦争を背景とした随筆や評論などを通して、文学者として強い抗議の意思表示を展開し、戦争への抵抗、怒りと併せて、腐敗と圧制を強化する、時の政権への憤りを表していく。
このように、当時の作品は、一貫して庶民の喜怒哀楽に満ちた人生そのものを描き出し、いわば人民の生きざまの語り部であり、代弁者であるといえよう。代表作『寒い夜』は、庶民の悲劇を観察し、また、献身や愛の社会的意義を考察するとともに、救いに至る道を探求した作品である。
自らの良心に忠実に、真摯な態度で常に時代や歴史をみつめ、自分の理想を数々の作品に託して人々に訴えてきた同氏は、一時的に、文化大革命で失脚するが、復権後には、文学者として、厳しい社会批判と同時に誠実な自己批判を展開している。
このように、巴金氏の存在は、まさに重い歴史の証言ともいうべきであり、アジアの知性と文化の形成に果たした役割はきわめて大きく、まさしく、「福岡アジア文化賞創設特別賞」に相応しい業績と言える。