贈賞理由

オギュスタン・ベルク氏は、フランスにおける日本学の第一人者であり、文化地理学者。欧日の人間社会と空間・景観・自然に対しての哲学的思索を重ね、独自の風土学を構築し、日本文化を実証的に捉えて、日本理解に大きく貢献し、国際的に高い評価を得ている。 ベルク氏は、1942年、当時フランス領のモロッコに生まれ、祖父・父と3代にわたる学者の家系。パリ大学で地理学と中国語を学び、博士号を取得。 1969年初めて来日、通算して十数年を越える期間日本に滞在し、日本的価値体系に踏み込み、人間の存在と自然・空間を哲学的根源的に捉え、類例のない重 厚な日本研究を積み上げてきた。

ベルク氏は、多くの著作の中で、欧日の現実における文化と自然、集団と個人、主観と客観の間に働 く往復行為を新コンセプト「通態性(トラジェ)」とし て導き出している。和辻哲郎(1889-1960)の『風土』(1935刊)論を深く読み込むことで、日本においては人間の存在が自然の中に刻み込まれ、 両者の存在関係が風土そのものであるという地理学と存在論を融合した通態的風土論を提起した。風土というのはあるがままの自然環境ではなく、人間が生きて いる社会を前提に成り立ち、自然と空間と歴史が互いに影響しあい、変化して風土性を形成していく。社会は総合秩序としての精神的・社会的・物理的な空間組 織を維持し、その空間に存在する日本社会共通の特徴を、鋭い眼力から指摘している。

ベルク氏の研究は、こうして和辻風土論を欧日の思想比 較の視座からドイツの哲学者ハイデッガー(1889-1976)の現象学に関連づけて読み込み、 さらに理論構築の途次でルネ・デカルト(1596-1650)を批判的に捉え、さらに独自の風土学を構築し、この風土学を通して日本の世界史的位置づけを 問うている。 こうした視座に基づき、ベルク氏は景観や環境、公共性といった現代的な論点において該博な知識と透徹した論理に立脚し、地球規模のパラダイムからの示唆は 高く評価される。

また、多大な日本研究の業績に加え、ベルク氏は1984年から4年間日仏会館フランス学長を務めるなど、フランスきっての知日派として日仏両国の文化交流にも大きな貢献を続けている。

このように、オギュスタン・ベルク氏は独自の風土学の領野を拓き、画期的な理論を構築し、世界の人々、また日本人自身に対して日本文化の科学的な理解に新次元をもたらした貢献は多大であり、まさに「福岡アジア文化賞-大賞」にふさわしい。

4歳の頃、故郷のフランス・ランド県サンジュリエンボンヌにて(1946年)
宮城県(塩竃市)新浜にて、娘・息子と一緒に(1974年)
1991年、フランス・ランド・ランクスにて『都市の日本』の執筆中に