贈賞理由

タワン・ダッチャニー氏は、タイのみならず、アジアそして世界を舞台に活躍し、タイ仏教に基づく独特の仏教観に根ざした躍動感あふれる独創的な画風で、専門家をはじめ幅広い大衆的な支持を獲得している、アジアを代表する画家である。

タワン氏は、1939年タイ北部のチエンラーイに生まれ、シンラパーコーン大学でタイ近代美術の父と言われたイタリア人画家コッラード・フェローチ(タイ名シンラパ・ビラスィー)氏に学んだ。1964年から68年までオランダに留学、西欧美術の伝統と技法を深く学んだ同氏は、帰国後、タイ人としてのアイデンティティを真剣につきつめていく。そして、現代に生きる人間の奥に潜む狂気や退廃、暴力、エロス、死などを、宗教との関わりのなかで問いかけ、見つめ直し、それらをタイの伝統的な仏教美術と仏教思想を源泉としながら、黒を基調とする衝撃的な手法で表現した。獣や昆虫と合体したグロテスクでエロティックな人体と、聖者としての仏がからみあう迫力ある作風は、多くの人々に衝撃を与え、一躍その名が広まるが、一方で、同氏の表現は仏教への冒涜と激しく批判され、展覧会襲撃事件に発展するほどの反発を生み出した。しかし、「神話に生命を与えた」と同氏の芸術を理解し、一貫して擁護したタイの代表的知識人ククリット・プラモート氏をはじめ、次第に評価が高まり、同氏の絵画の斬新さと独創性は、広く支持されていった。

タワン氏は、1974年の西ドイツとイギリスを皮切りに、欧米、アジア、オーストラリア各地で精力的に個展を開催、大きな反響を呼び、その評価と名声を確固たるものとした。1980年代から1990年代にかけては、大壁画を数多く手がけ、大衆的な人気も獲得した。同氏は絵画にとどまらず、伝統的なタイの仏教建築様式に独自の創造性を加えた建築や意匠の彫刻にも能力を発揮するなど、多方面に優れた業績を残している。

その創作へのあくなき執念とエネルギー、そして豊かな能力を備え持つタワン氏は、現代アジア美術界の巨匠とも呼ぶべき存在であり、アジア独自の芸術表現を築きあげ、世界に衝撃を与えた力量と業績は、まさしく「福岡アジア文化賞―芸術・文化賞」にふさわしいといえる。