贈賞理由
任東権氏は、韓国民俗学の開拓者であり、東アジア民俗学界の第一人者である。
1954年に韓国で初めて国学大学に民俗学講座が開設された際、28歳の若さで同講座の担任となった。朝鮮戦争の余塵くすぶる中、民族アイデンティティの再確立を目指して始めた研究は、韓国民族文化に対する認識を高揚させるとともに韓国民俗学を独立した学問へと発展させた。
ソラボル芸術大学、中央大学校の教授として教育・研究に勤しむ傍ら韓国民俗学会、韓国民謡学会の会長を歴任した。また、百済文化研究院院長、韓国文化財保護財団理事などとして文化財の発掘・保護にも活躍、これらの永年の功績により文化勲章をはじめとする数々の国家的栄誉賞を授与された。
任氏の研究フィールドは、韓国にとどまらず日本・中国にも及ぶ。比較民俗学の手法を用いて韓国・日本・中国の文化交流を研究し、韓国民俗の独自性を解明した。1996年以来、韓国比較民俗学会の顧問に推戴されるなど、東アジア民俗学界でも第一人者として高く評価されている。同氏が養成した人材は韓国・日本の民俗学界で広く活躍をしている。
任氏は元来、韓国の民謡研究が専攻であったが、次第に口碑文学・民俗芸能・歳時習俗・民間信仰・シャーマニズムなどの広い分野に及び、その研究成果としての単著・共著・編著は約50冊にのぼる。中には『韓国の民俗大系』(第1~5巻)、『韓国の民俗と伝承』のように日本語に翻訳されたものもあり、初期の代表作の一つ『韓国の民譚(みんだん)』は、1970年代にドイツ語・英語に、1995年に日本語に訳され、世界で広く読まれている。
中学時代を戦時中の東京で過ごした任氏は、日本民俗学界との縁も深く、日韓国交正常化に先立つ1963年から40年間、北海道から沖縄まで日本の各地で民俗調査を続けるとともに、日本人との共同研究も推進した。『韓日民俗文化の比較研究』は、自ら日本語で書いたものであり、『日本の中の百済文化』『朝鮮通信使と文化伝播』などは、任氏の韓国語原稿を日本人が翻訳したものである。これらの著書は、日韓文化の単なる比較研究ではなく、一貫して「韓国からみた日本の民俗」という視座に立ち、日本文化研究の定説に新しい解釈を加えるものとして高く評価されている。
このように任東権氏は、韓国を中心とする東アジアの民俗を総合的に比較研究するとともに、国際的なアカデミックリーダーとして韓国・日本・中国の共同研究の進展に貢献してきた。その業績は東アジア民俗学界に輝く巨星というべく、「福岡アジア文化賞-大賞」にふさわしい。