贈賞理由

ジョゼフ・ニーダム氏は、イギリスの生化学者、科学史家であり、とりわけ中国科学史の碩学として世界的な評価を受け、20世紀の巨人とまで評されている。

1921年にイギリスのケンブリッジ大学を卒業した同氏は、ビタミンの発見によってノーベル賞を受賞したフレデリック・G・ホプキンス教授のもとで生化学者としてスタートし、1931年に『Chemical Embryology(化学的発生学)』3巻の大著を出すなど、若き日にはむしろ、生化学者、発生生化学の先駆者として有名であった。

ところが、1930年代の後半、ケンブリッジ大学を訪れる若い中国人学者の優秀な才能を知るにおよび、中国における科学の歴史に興味を転じた。さらに、第2次大戦中、中英科学協力機関の責任者として中国に派遣され、4年にわたり滞在したことが契機となり、中国の科学と文化の研究にますます傾倒するようになった。

戦後になると、本格的に中国科学史の著述にとりかかり、1954年に『Science And Civilisation in China(中国の科学と文明)』の第1巻「概観的入門」、ついで1956年に第2巻「科学思想史」、さらに1959年に第3巻「数学、天と地の科学」と矢継ぎ早に出版、現在までに第6巻15冊が刊行されているが、未だに完成にいたらず、同氏は89才という高齢ながら、現在も完成に向けて精力的に執筆中である。

この『中国の科学と文明』は、中国の科学と技術に焦点を合わせつつも、東西文化にわたる広い視野によって中国文化全体を、ひいては東アジア文化全体を洞察した今世紀最大の歴史学的著作である。

同氏はまた、ユネスコの創設にもかかわり、1946~48年に、その初代自然科学部長として、国際科学協力事業に貢献し、さらに、1966~76年にはケンブリッジ大学キーズ・カレッジ学長をつとめたのち、現在はニーダム研究所名誉所長として活躍されている。

このように、中国文明に対する共感に満ちたジョゼフ・ニーダム氏の業績は、たんに中国科学史の究明にとどまるものではなく、非ヨーロッパ文明に対する世界の知識人の見方を一変させるほどの深い影響をあたえたのであり、まさしく、「福岡アジア文化賞創設特別賞」に相応しい業績といえる。