贈賞理由

アンソニー・リード氏は、東南アジア史研究においてこれまで評価されてこなかった風土や人口と民衆の日常生活の活力ある諸相、たとえば食事・結婚・儀礼・女性・娯楽などを初めて研究対象として体系的にとりあげ、新しい地域史を創りあげた東南アジア史研究を先導する歴史学者である。

リード氏は、ニュージーランドのウェリントン大学で歴史学と経済学を学び、ケンブリッジ大学で博士号を取得。その後マラヤ大学やオーストラリア国立大学など数々の大学で教鞭を執りながら、研究を推進し、後進の育成に努めてきた。

研究の出発点はインドネシア革命期(1945-1950)であったが、リード氏の国際的な名声を不動にしたのは『大航海時代の東南アジア』(Ⅰ、Ⅱ)である。同氏はフランス歴史学派(アナール学派)に刺激を受け、膨大な記録を検証して、1450年から1680年までの大規模な海上交易により生み出された東南アジア世界の共通性と独自性、さらに自然環境・宗教を含む多様性を、民衆の生活史の視点から立論し、新しい東南アジア史像を創りあげた。その地域史像の発掘と洞察力は、世界の歴史の動きと連動してきた地域としての東南アジアを浮き彫りにすると同時に、その視座は国際的に高く評価されている。

リード氏はその後、現代東南アジアの歴史研究へと手をひろげ、東南アジアの華人と20世紀前半の中央ヨーロッパにおけるユダヤ人の立場との比較検討や、インドネシアの統一と対立に注目するなど幅広い研究を続けている。

このように、東南アジア史研究において金字塔を打ち立て、活力あふれる民衆の生活基盤を多次元的に捉え、民衆の生活史としての東南アジア史に新境地を拓いて、この分野における第一人者として学界を先導しているリ-ド氏は、「福岡アジア文化賞―学術研究賞」の受賞者として真にふさわしいといえる。