贈賞理由

ラット氏(本名モハマッド・ノール・カリッド)は、マレーシアの大衆の生活を基底に、社会の矛盾を鋭利な諷刺の目で切り取って表現した作品で人々の共感を得て、社会に大きな影響力を持つ、アジアを代表するマンガ家である。

ペンネームの「ラット」は、小さい時のニックネーム「Bulat」(マレー語で丸いの意)からきたものである。少年時代からマンガを描き、13歳で初めて作品が出版された。後にマレーシア最大の英字紙ニュー・ストレイツ・タイムズに入り、マンガの才能を買われ、同社において1974年にマレーシアで初めて新聞の専属マンガ家となった。現在まで28年にわたり、同紙にカートゥーン(ひとコマの時事諷刺マンガ)を連載している。同氏は経済成長と都市化の裏側で起こる自然環境の破壊、伝統的村落の崩壊、利権に狂奔する政治、外資企業の進出による急激な社会変容などに焦点をあてた作品を発表してきた。アジア地域できわめて強い影響力をもつコミュニケーションの方法であるマンガにより、社会の多くの階層にわたって爆発的な共感を得るとともに、東南アジアのマンガ家に多大な影響を与え、リーダー的役割も果たしてきた。

代表作『カンポンボーイ』は、自伝的な長編マンガで、村(カンポン)に生まれた少年が、家族やカンポンの人々の愛情に包まれて成長していく様子をマレーシアの伝統文化を織り交ぜながら描いたものであり、テレビアニメ化されて欧米でも紹介された。さらに少年の成長を描いた『タウンボーイ』などの作品では、多民族社会の複雑な風土や都市化の波に洗われる社会の実態がユーモアの中に表され、マレーシア、ひいてはアジアに共通の精神的な風土を世界に伝えるものとなっている。

ラット氏の作品に込められた、社会を見つめる鋭い、しかし温かなまなざしは、伝統文化と精神的な風土を包み込み、アジアの発展を考える上で多くの示唆を与えている。まさしく「福岡アジア文化賞―芸術・文化賞」にふさわしい業績である。