贈賞理由

李基文氏は、韓国語研究の国際的な権威である。

1953年ソウル大学校国文科を卒業した同氏は、1996年2月に定年退職するまでソウル大学校において研究と後進の育成に当たった。その一方で、韓国言語学会、国語学会等の会長を歴任し、普遍的な言語学理論に立脚した韓国語研究を確立して国際水準にまで高めるとともに、韓国語の個別言語としての個々の言語事象の解明を通して一般言語学理論の構築に大きな貢献をした。国内外にその教えを受けた研究者は多数にのぼり、日本の韓国語研究者のほとんども同氏の薫陶を受けている。その間、国語研究所長を兼任して表記法制定等、語文政策の確立に尽力し、また学術院会員として学術の振興に努めるとともに国際学士院連合が計画し推進した世界諸言語圏の言語地図作成プロジェクトに韓国を代表して参画し、その一環として『韓国言語地図集』の作成に力をつくした。また、ハーバード大学をはじめとする海外諸大学の客員教授として国際学術交流にも貢献し、1993年東京大学文学部文化交流研究施設に新設された朝鮮文化研究部門に初代客員教授として招かれ、1年間研究・教育の任に当たって、日韓学術交流に新たな道を開いた。

李基文氏は、韓国語を中心に東アジアの諸言語について、さまざまな角度からの解明に努め、明晰で透徹した分析に基づく数多くの研究論文・著書を発表し、研究の進展に多大な貢献をした。韓国語の歴史的研究としては、中世語に関する研究を中心に据えた上で、韓国語の成立から現代に至る韓国語史の諸課題について精密な研究を行い、『国語音韻史研究』『国語語彙史研究』『韓国語形成史』等の数多くの論著を著した。なかでも『国語史概説』は韓国語史の周到で具体的な記述として国際的にきわめて評価が高く、我が国で藤本幸夫氏により『韓国語の歴史』として翻訳・刊行された他、B.レービン教授によるドイツ語訳があり、現在、同氏は最新の知見を盛り込んだ英語版をS.R.ラムジー教授の協力を得て作成中とのことであり、諸外国での一層の評価の高まりが予想される。また、韓国語と日本語、アルタイ諸語の比較言語学的研究を試み、『三国史記』の地名表記の分析により高句麗語の特徴を解明し、これを比較研究の重要な要として位置づけ、日本語を含む東アジア諸言語の系統論研究に新しい視点を導入してその解明に貢献するとともに、比較言語学の方法論に対してアジアの言語研究者の立場から新たな知見を提供して東アジア諸言語の系統論研究を大きく発展させた。

このように、李基文氏の韓国語研究と韓国語・日本語・アルタイ諸語の比較研究は、一般言語学・史的言語学・比較言語学の進展に多大の貢献をしたばかりでなく、アジアの文化とその研究の意義を広く世界に示し、世界の言語学界の中で東アジアを代表する研究者であるという高い評価を得たものであり、まさしく「福岡アジア文化賞―大賞」にふさわしい業績である。