贈賞理由
タン・トゥン氏は、ミャンマー(ビルマ)におけるそれまでの王朝礼賛に終始してきた王朝史観を批判して、厳密で実証的な歴史理論の構築を行なうとともに、国内の歴史学研究を牽引し、ミャンマー史を塗り替える新境地を拓いた、アジアを代表する歴史学者のひとりである。
タン・トゥン氏は1923年にミャンマー東南部の港市パテイン市に生まれ、ヤンゴン大学に学び、その後ロンドン大学において碑文に基づくバガン朝研究で博士号を取得した。帰国後、教鞭をとるかたわら国内をくまなく自分の足で歩いて地方の写本等を収集し、史料批判研究などを積み上げてきた。
タン・トゥン氏は現在、教育省直属の歴史委員会委員であり、歴史学界の重鎮として、また前近代史の第一人者として活発な研究活動を行っている。同氏は数多くの業績をあげてきたが、特に国内外から評価が高い著作は、11~13世紀のバガン朝碑文を駆使した『ミャンマー仏教史』、『古ミャンマー史』であり、いずれも精魂を傾注して出版した労作である。さらに『ミャンマー王の布告』全10巻では、8年の歳月をかけて、現存する王朝時代の勅令関係写本を比較検討して厳密な史料批判を行った。この英文抄訳と解説、索引を付した7,600ページにおよぶ膨大な著作は、最も信頼のおける根本史料集であり、「タン・トゥン・テキスト」と命名される同氏の代表的な研究業績である。同氏の研究論文及び著作などこれらの研究成果は、ミャンマー人による自国史の解明という枠を超え、同国の歴史及び文化を世界史の文脈で位置づけるとともに、世界のミャンマー史研究を大きく発展させることに貢献した。
またタン・トゥン氏は、国を代表し数多くの国際学会や会議に参加してきた。同氏は来日の経験もあり、多くの日本人学生にミャンマー研究の醍醐味を伝えた知日派教授であり、さらにアメリカの大学院でも指導にあたるなど、国際派の学者であるとともに、信念を曲げない孤高の人であり、真にミャンマーが生んだ碩学である。現在ミャンマー研究の国際化が進む中で、同氏の研究成果を抜きにしてミャンマー研究は語り得ず、またその役割は今後一層重要になろうとしている。
このようにタン・トゥン氏は、ミャンマー歴史学及び世界のミャンマー研究の発展に大きな貢献を果たしたばかりでなく、ミャンマー人による歴史学研究の意義を広く世界へ示したと評価でき、まさしく「福岡アジア文化賞―学術研究賞」にふさわしいといえる。