贈賞理由
キングスレー・ムトゥムニ・デ・シルワ氏は、南アジアを代表する歴史学者である。西欧列強によるスリランカの植民地支配に関する実証的な研究を通じて、南アジアにおける歴史学研究に大きく貢献するとともに、現代社会におけるシンハラおよびタミル民族間の対立や自決権の問題にも取り組んでいる。
デ・シルワ氏は、セイロン大学(現ペラデニア大学)歴史学科を卒業後、同大学で教職に就いた。その後ロンドン大学に留学し、19世紀中葉のキリスト教組織による社会政策に関する精緻な研究で博士号(Ph.D.)を取得した。帰国後、南アジアの歴史学者を結集してスリランカ近代史の研究を推進し、その成果を『セイロン史』第3巻として編集、刊行した。1969年セイロン大学は、同氏の精力的な研究と教育活動を支えるために「セイロン史講座」を新設した。その教授として同氏は、歴史学研究の中心的な役割を果たすとともに、1981年には画期的な通史である『スリランカ史』を刊行し、以後のスリランカ研究に重要な指針を与えた。1991年ロンドン大学は同氏に対して、卓越した研究業績をあげた者のみに与えられる文学博士号(D.Litt.)を授与した。
歴史学者としてデ・シルワ氏が最も力を入れた研究分野は、かつてスリランカを支配したポルトガル、オランダおよびイギリスの植民地行政の特質と、その分割統治政策が生みだした民族問題である。1982年同氏は、その研究活動の延長線上としてコロンボとキャンディの両市に国際民族問題研究センターを設立し、その所長に就任する。現在に至るまで学術研究の枠内にとどまらず民族対立を解決するための広範な活動に取り組んでいる。同氏の著作『因果応報―スリランカの民族対立とその政治』は、この分野における主要な成果である。さらに、歴史研究と民族問題の双方にまたがる境界領域において、自らの研究活動のみならず実践的な研究者の養成と、武力抗争の平和的な解決に努めている。
このように、南アジア、特にスリランカの実証的な近代史研究と現実的な民族問題研究において大きな業績をあげたデ・シルワ氏は、まさしく「福岡アジア文化賞―学術研究賞」にふさわしいといえる。