贈賞理由
ドナルド・キーン氏は、日本文学研究の国際的な権威である。
コロンビア大学で比較文学を専攻中、日本語を学び始めた同氏は、太平洋戦争に直面して軍務につき、米海軍日本語学校を卒業した。戦後、復員した同氏は、コロンビア、ハーバード両大学院で、本格的な日本文学研究を進め、さらに英国ケンブリッジ大学に留学、自らも日本語、日本文学の講師を務めた。5年間の渡英生活は、『源氏物語』の名訳で知られるアーサー・ウェイリー氏との交流や、『日本人の西洋発見』等の名著を生んだ。引き続き同氏は京都大学などにも留学し、近松研究などを手がける一方、現代日本の作家、評論家などとの交流により、日本文学への視点を古典から現代へ広げた。帰国後、コロンビア大学教授に就任したのちも来日を重ね、現在は日米両国にその活動の拠点を置いている。
同氏の長年にわたる日本文学研究の成果は、その数多い著作によって広く世に知られているところである。豊かな学識に裏打ちされたその分野の幅広さは、『徒然草』などの翻訳、芭蕉の研究など、古典・近代文学はもとより、現代文学や能、狂言等の芸能、歴史にまで及んでいる。同氏が、三島由紀夫、太宰治等の現代日本文学を海外に紹介した功績も大きい。
特に、新たな文学史の視点から歴史的な日本人の像を描きあげた点は、高く評価されている。内外に反響を呼んだ『百代の過客』などに代表されるように、紀行文、日記に関する研究分野を独自に開拓したことは、特筆に値する。また、同氏のライフワークともいうべき大著『日本文学史』は、個人執筆の文学通史として日本国内でも高い評価を受ける一方、海外においては英語で書かれた初めての体系的な日本文学史として、研究者に確固たる基盤を与えている。
同氏は、これらの研究活動を通して、日本人以外は理解が難しいとされていた日本文化への既成概念を打破し、相互理解の進展に貴重な貢献をした。
このように、ドナルド・キーン氏の芸術・文化における輝かしい功績は、世界の人々のアジアに対する理解に大きく寄与したものと評価でき、まさしく「福岡アジア文化賞芸術・文化賞」に相応しい業績といえる。