贈賞理由

徐冰氏は1980年代から、常に中国の先鋭的なアートシーンの先頭に立ち、アジアの現代美術に対する国際的な評価を高める大きな役割を果たしてきた。

1955年、四川省重慶に生まれ、57年より北京で育った徐氏は、66年から始まった文化大革命期に中国北部の農村に下放されたが、革命終焉後の77年、北京の中央美術学院に入学し、版画を専攻した。

1987年から4年がかりで、4000個もの実在しない独創的な「偽漢字」(偏(へん)と旁(つくり)を組み換えて再構成した偽の漢字)の創作に集中し、それを木刻印刷した作品『析世鑑(せきせいかん)—天書』を、北京で初めて行われた現代美術展「中国現代美術展」にて発表。漢字文化圏の従来の認識をゆるがすそのコンセプトは一躍注目を集め、国内外で「徐冰現象」という論争まで引き起こすほどの大きな反響を呼んだ。また、この作品は、中国における本格的なインスタレーション・アートの歴史の開幕をつげるものともなり、「偽漢字」の創造がもたらした徐氏の功績は、今日まで伝説のように語り継がれている。

1990年、アメリカへ拠点を移してから、徐氏の活動は欧米やアジアへと広がり、世界各地の重要な国際展に次々と招待されるようになった。90年代の代表作『新英文書法』は、アルファベットの組み合わせで構成される独創的な「英文漢字」を新しく創りだすもので、その観衆参加型ともいえる手法ともあいまって、世界各地で専門家から一般の人までの幅広い層の高い支持を獲得している。『新英文書法』は、西洋と東洋の文化の間に横たわる壁や、現代美術への近寄り難さという壁をも乗り越えさせることに成功し、さらに誰でも試みることのできる現代的な美術創造への可能性も潜在する画期的な創作といえよう。

ここ数年、漢字から成る風景画の創作に取り組むなど、文字を用いた表現はさらなる大きな展開をみせている。このように独創的な「偽漢字」や「英文漢字」の創造を通して我々の固定観念に挑戦し、自らの文化にしっかりと根をおろしながらも、同時にそれからの創造的な飛躍を目指す徐氏の姿勢は、アジアの現代美術家の指標となっており、その影響力と業績は、まさに「福岡アジア文化賞−芸術・文化賞」にふさわしいといえる。