贈賞理由

ラーム・ダヤル・ラケーシュ氏は、ネパールを代表する民俗文化の研究者であるとともに、比較文学の研究でも多大な業績をあげている。長年、同国の最高学府であるトリブヴァン大学で研究と教育に従事すると同時に、民俗研究の現地調査をつうじてネパール社会が抱える問題と向きあい、その改善にも積極的にとり組んでいる。

ラケーシュ氏の出身地は、ネパールとインドのビハール州にまたがるミティラー地方である。そこは、古い歴史をもちつつもカトマンズ盆地に中心をおくネパール国家からみれば辺境、しかし南アジアのヒンドゥー世界全体からみれば精神的な中心、という二重の性格をもつ。同氏自身も、インドのビハール大学で英語学を学び、ついでネパールのトリブヴァン大学大学院ではヒンディー文学研究で修士号を取得。さらに後年、インドのデリー大学からヒンディー語とネパール語の現代詩比較研究で博士の学位を授与された。このように同氏は、自由に現代国家の国境と専攻分野を行き来しながら、文学研究者としての自己を確立した。それと並行して民俗文化の研究にも精力的にとり組み、ネパールにおける同分野の開拓者の一人となった。

ミティラー地方は、中心都市ジャナクプルが叙事詩「ラーマーヤナ」のラーマの后シーターの生誕地とされ、バラモンの伝統儀礼が強く残る一方、同地方独自のマイティリー語文学また母から娘へと世代をつうじてうけ継がれてきた民俗絵画がいまも生活のなかに生きている所である。ラケーシュ氏は、文学や民話・民謡、また衣食住や生業から年中行事・祭祀儀礼に及ぶ同地方のゆたかな民俗文化を調査し、著作をつうじて世界に発信してきた。同氏の著作によりネパール文化を知り、同国を訪れる人たちも少なくない。従来、ユニークな美術作品としてのみ評価されてきたミティラー民画が、それを生みだした文化・社会の背景とともに理解できるようになったのは、同氏によるところが大きい。その過程で、同絵画の伝承者である女性をとりまく問題の大きさを同氏は痛感した。男性中心的なヒンドゥー社会のなかでも、同地方一帯は、その傾向がとりわけ強い地方である。同氏は、1999年に王立ネパール学士院会員に推挙されると同時に、ミティラー女性の経済的、社会的な自立を目ざして「ミティラー女性能力開花センター」というNGO組織を立ち上げている。

文学や文化遺産に属する民俗文化の研究での顕著な業績だけでなく、現実の問題そのものを直視して、それにとり組む「行動する知識人」としてのラケーシュ氏の活動は、「福岡アジア文化賞―学術研究賞」にまことにふさわしい。