贈賞理由

クリフォード・ギアツ氏は、東南アジア研究の分野で最も独創的な業績を積み重ねるとともに、異なる文化や社会をどのように理解したらよいのかということについて極めて優れた方法論を提示してきた人類学者である。深い思索の結晶として生み出されたこれらの研究成果は、単に文化人類学にとどまらず、人文科学・社会科学の諸分野に広範な影響を与えてきた。

東南アジア世界が「地域研究」という新しい研究領域として立ち現れたのは、第二次世界大戦以降であるが、その際、戦前までの植民地研究から離脱し文字通り新しい学問として自立するためには、克服すべき多くの困難な課題が存在した。中でも、現に生きている社会や文化をどう捉えるのか、また自ら語ることのない無名の人々がそれぞれの社会や文化をどう捉えているのかを明らかにすることは、最も重要な課題であった。そのためには、長期の臨地研究に加え、優れた研究視角と誠実な研究姿勢とが何よりも求められていた。

ギアツ氏こそ、この課題に最も早く応えるとともに、その後も倦むことなく取り組んできた研究者である。その知的誠実さと思索の深さ、果たしてきた貢献の大きさは東南アジア研究の中で屹立しており、同氏は一貫して学界の卓越したペースメーカーであったといえるだろう。ギアツ氏の研究は、ジャワ島の小さな地方都市での宗教調査から始められた。その成果『ジャワの宗教』は、プリヤイ・サントリ・アバンガンという文化概念を提示したことで余りにも有名であり、東南アジア文化研究の古典としてゆるぎない地位を占めている。それ以降に同氏が提示してきた様々な分析視角や概念枠組は、文学的ともいえる香り高い文体とあいまってその都度、研究者の間に広く受け入れられるとともに、東南アジア研究の学問的レベルを顕著に高めてきた。例えば、同氏の提唱した「模範的中心」と「劇場国家」、「農業のインボリューション」と「貧困の分かち合い」、「水田と焼畑の生態系」、「バザール経済」などは、それぞれが新しい研究領域を切り開くものであり、新しい研究の方向を照らし出すものであったと言っても過言ではない。

このように、クリフォード・ギアツ氏がアジアの文化と社会のために果たしてきた知的貢献はまことに大きく、まさしく「福岡アジア文化賞-学術研究・国際部門」に相応しい業績といえる。