贈賞理由
ロミラ・ターパル氏は、現代アジアを代表する歴史学者であり、インド史とりわけインド古代史の研究者として国際的に令名が高い。同氏のインド史研究への大きな貢献として、次の三点を指摘できる。
第一は、インド史研究における研究視点の革新である。ターパル氏以前つまり独立以前のインド史研究は、大きく二つの視点から進められてきた。一つは、支配者であるイギリス人研究者からの視点であり、インド社会をいわば「ヨーロッパが失った歴史的事実を今に伝える倉庫」としてとらえる停滞史観である。もう一つは、イギリスに対抗する独立運動の中から生まれてきたインド人研究者からの視点で、イギリス支配以前のインド社会を牧歌的な麗しい社会として描くものであった。同氏は、この二つの視点に代わる新たな実証的歴史学の構築に邁進してきた。
第二は、インド史を、単にインド世界の歴史としてだけではなく、人類史を構成する地域史として位置づける試みに成功したことである。特に従来のインド古代史は、史料としてはサンスクリット文献に密着し、手法としては歴代王朝の事跡を辿る王朝史であった。ターパル氏は、口承資料を含む諸史資料も渉猟して、それらを文化と結びつけて解釈することを試み、さらには歴史理論にくわえて文化人類学・社会学の成果も援用して、世界の中のインド史を再構築することに成功した。
第三は、ターパル氏の歴史叙述が広い展望と躍動性に満ちていることである。同氏は、諸史料から抽出した事実を開示すると同時に、それらの事実群が相関しあって織りなす全体的な構造を巧みにかつ説得的に提示する。それは、希有な歴史家のみがなしうる歴史の叙述である。同氏が各国において名誉博士・名誉研究員の栄誉を受けるとともに、日本においても同氏の邦訳された著作がインド研究者以外にも広い読者を持つのは、その故である。また同氏は、数次の来日によって多大な影響を日本の研究者に与え続けている。
このように、ロミラ・ターパル氏のインド史研究の進展、ひいては世界の歴史学研究の進展への寄与はまことに大きく、まさしく「福岡アジア文化賞-学術研究賞・国際部門」にふさわしい業績といえる。