贈賞理由

莫言氏は現代中国文学を代表する作家である。中国の都市と農村の現実を独特のリアリズムと幻想的な方法によって描いた作品は数多くの国々で翻訳されている。その作品はアジアの文学を未来に牽引するものであり、現代中国文学のみならず、アジアそして世界の文学の旗手となっている。

1955年、中国山東省高密(ガオミー)県の農民の子として生まれた莫言氏は、文化大革命により小学校を中退。牛飼いや農業手伝い、工場の臨時工などを経て、中国人民解放軍に入隊。その後、1980年代に執筆活動を始め、作家として文壇デビューする。同氏が自らのなかに見出し、一貫して描き続けているテーマは、中国の貧しい農村とそこに生きる人々の生である。同氏は、中国の伝統的な語り物文芸の表現と、西欧の現代文学に由来する前衛的方法を融合することによって、独自の作品世界を生み出し続けている。

1987年に発表した『赤い高粱(コーリャン)一族』は、抗日戦争期の農村地帯を舞台とした作品である。同作品は張芸謀(チャン・イーモウ)監督によって映画化され、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。中国の大地に根差した作品が世界中から注目を受けた。

続いて『酒国(しゅこく)』などの長編小説を発表し、現代中国文学界の最先端に躍り出ると同時に、数々の作品は英語、韓国語、スペイン語、ドイツ語、日本語、フランス語、ベトナム語などに翻訳され、国際的な作家として認知されることになった。

莫言氏は西欧的な小説の模倣ではなく、中国という現実に足を踏まえた小説の創造を主張する。「あとを追いかけるだけでは意味がない。皆が西に行くなら私は東に行く」という同氏の言葉は、単に中国文学を主導するだけでなく、ともすれば西欧近代文学の圧倒的な影響や過去の歴史と伝統の重みに拘束されるアジアの文学を、未来へと牽引する気概をものがたっている。また、何よりも、草深い農村地帯である高密県という故郷を、幻想的な文学空間に変換することによって、文学的宇宙の創造に成功している作品は、中国の風土及び文化や歴史に根差した世界を描くことこそが、地域的でありながら国際的であり、世界文学に通じるものであることを示している。

中国の大地が生み出した莫言氏は、文学を通して、文化が持つ豊かさや多様性、そして人間社会の複雑さや可能性を示し、アジアから世界へと広がる道を切り開き、アジアの文化の意義を世界に示す存在であり、真に「福岡アジア文化賞-大賞」にふさわしい。