贈賞理由
クンチャラニングラット氏は、現代のアジアを代表する卓越した文化人類学者であり、広く各界から畏敬され、国際的に最も評価を受けている文化人である。
ジャワ文化の伝統の中で育まれた同氏は、その伝統を背景に、アメリカで文化人類学を学び、ジャワ社会における親族、共同作業、宗教などに関する優れた論文によって、若くして国際的な注目を浴びた。インドネシアの国内では、自分自身の研究はもとより、広く学問体系、研究者養成、教育制度に目配りして、新しい学問としてのジャワの伝統組織の分析、解釈などから始まった文化研究は、南ジャワでのフィールドワークなどをも加えて、大著『ジャワの文化』に集大成され、地域研究に金字塔を打ち立てるに至った。さらに西洋諸国でもフィールドワークを行うことによって西洋発祥の学問としての人類学を相対化し、文化人類学の学説史や、新しいパースペクティブの導入など数々の優れた論稿を残している。特にオランダで発行された『インドネシアにおける人類学』は、従来の研究に対する批判的集大成として画期的なものであり、その後のインドネシア研究の流れを大きく方向づけたといえる。
また、このような幅広い人類学的分野の知見を背景にクンチャラニングラット氏は、現在、アジアの多くの国が直面している開発・近代化の問題について、活発な著作活動を続けてきた。急激な開発が行われるなかで、伝統文化の行く末に深い関心を寄せ、適切な教育を踏まえた多文化社会の共存を主張するなど、積極的な提言によって開発政策にも影響を与えている。
同氏は、インドネシアを代表して国際会議に数多く出席し、海外の諸大学で客員教授として活躍するなど、国際交流に労を惜しむことなく尽力し、各種の国際的な名誉称号授与の栄に輝いている。インドネシアの学術研究政策にも深く関わり、1967年から10年間インドネシア科学院の副院長をも務めた。人類学一筋に生きながら、篤実、温厚な人柄で人々を魅了し、国際社会において広く信頼と尊敬とを集めている、希有な大学者である。
このようにクンチャラニングラット氏の業績は、インドネシアにおける人類学のフロンティアを切り開いたのみならず、アジア文化とその研究の意義を広く世界に示し、アジアと世界との相互理解の推進に大きく貢献したと高く評価できるものであり、まさしく「福岡アジア文化賞―大賞」にふさわしい優れた功績といえる。