贈賞理由
ファン・フイ・レ氏はベトナムを代表する最も著名な歴史学者で、ハノイ国家大学で教鞭をとるかたわら、ベトナムを代表して国際学会や会議に参加し、国際交流を含めて幅広い分野で目覚ましい活躍を行っている。特に1980年代から人文科学分野での「ドイモイ(刷新)」を推進し、ベトナムを社会経済史の分野から考察し、理論構築を行い、これまでのベトナム史を塗り替えるほどの新境地を拓いたといわれている。
レ氏は1934年ベトナム中部のハティン省で生まれ、過去に高名な文紳を送り出した地方の名家がその出自である。1956年にハノイ師範大学を卒業し、同年ハノイ総合大学歴史学部に助手として採用された。1975年までは同国のアカデミズムにとって非常に困難な時代だったが、それでも1988年までの32年間にわたり膨大な資料に基づくベトナム社会経済史研究に取り組み、着々と成果を上げ続けた。さらに数多くの優秀なベトナム史学の研究者を養成し、1975年以降は外国人大学院生の指導に当たり、10人あまりの日本人研究者が氏から直接の指導を受けてきた。
レ氏の温厚な人柄とイデオロギーにとらわれない学風は、東南アジア各国・日本・フランスなどで高く評価されており、パリ第7大学、アムステルダム大学に招聘され、講義を行ってきた。同氏はこれまでベトナム史の中で見落とされてきた社会経済史に焦点を当て、その労作『ベトナム封建制度史』を著し、新しい視座からベトナム史再考のきっかけを作った。氏は農村の地簿、家譜などの村落文書、さらに阮(グエン)朝の朱本(皇帝が上奏文に朱を入れた史料)などの重要な史料を丹念に発掘し、多くの新知見をもたらすと同時にその先駆的な学術業績は国際的に広く知られ、高い評価を得ている。特に氏の研究業績は、地主制度や農村の社会経済構造、伝統文化などを中心に200あまりの論文と14冊の著作にまとめられている。併せて教科書執筆など地道な仕事を行っている。
レ氏は、1990年3月にベトナム中部ダナン市において日本とベトナムが中心となった「17世紀日本人町ホイアン」の国際学術シンポジウムを主催し、学術研究における「ベトナム開国」を最も早く推進した教授として知られている。以後日本とベトナムの学術協力の具体的果実であるホイアン日本人町研究と町並み保存事業においてベトナム側の責任者の一人となっている。また1988年以降、ベトナム歴史学会会長を務める等、多くの要職も歴任している。現在、ベトナム研究の国際化は同氏の存在を抜きにしては語り得ないし、その役割は今後一層重要になろうとしている。
このようにファン・フイ・レ氏の功績はベトナムの社会経済史学の発展に大きな貢献を果たしたばかりではなく、アジアの伝統的農村社会の研究の意義を広く世界へ示したと評価できるものであり、まさしく「福岡アジア文化賞-学術研究賞・国際部門」にふさわしい業績といえる。