贈賞理由

オン・ケンセン氏は、世界を舞台にいま最も旺盛な創作活動を続ける舞台芸術家である。現代的な感覚でアジアと欧米の 伝統を鮮やかに出会わせるその演出作品は、世界的に高く評価されている。伝統を軽んじることなく俳優の身体性を生かしつつも、ポップな感性を忘れない氏の演出作品は、舞台芸術の国際的フロンティアを切り拓いている。

オン氏は1963年シンガポールに 生まれ、1989年シンガポール国立大学法学部卒業。大学在学中の1988年、「シアターワークス」を設立して演出家としての活動を開始。1993年から1994年、アメリカ合衆国ニューヨーク大学大学院に留学して修士号(パフォーマンス研究)を取得。留学と前後して演出作品が日本や欧米でも上演され、その名が世界的に知られるようになった。以降、アジアと欧米の主要な劇場や演劇祭 から委嘱されて多彩な作品を発表、2003年にはシンガポールの文化勲章(演劇部門)を授与されている。

オン氏は常に、「今、アジアで芸術家として生きるとはどういうことか」という根源的問いに向き合いつつ、その活動を展開している。氏の演出家としての眼差しは、アジア諸地域と欧米への地理的な広がりと歴史的記憶への時間的な広がりを同じように胚胎する。1996年から継続的に展開している「フライング・サーカス・プロジェクト」では、アジアと欧米から古典芸能と現代芸術の、また舞台芸術にとどまらない多様なジャンルのアーティストを招いて画期的な共同作業の場を設定した。そこから生まれたのが、『リア』(1997-99)や福岡アジア美術館でも上演された『デスデモーナ』(2000-01)といったシェイクスピア劇の斬新な翻案舞台である。また、『サンダカン葬送歌』(2004)や『コンティニュアム―虐殺の場所の彼 方へ』(2001-10)のようなドキュメント演劇というジャンルに属するパフォーマンスでは、アジア地域の戦争の記憶をフィールドワークでたどりながら、その鋭い批評意識によって、アジアの歴史を観客とともに見据えるようなスリリングな舞台作品に結実させた。

ジャンルと国境を横断しつつ、古典と現代、東洋と西洋という二元論を打破するパフォーマンス作品によって世界の演劇 界をリードするオン・ケンセン氏の活動は、その今日的な問題意識で、根源的かつ普遍的な芸術の持つ力を再認識させた。この貢献は、まさに「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしい。

『120』(オン・ケンセン企画・演出、シンガポール国立博物館120周年を祝して館内でのパフォーマンス、2007年)
『ゲイシャ』(オン・ケンセン企画・演出、2006年リンカーンセンター)、(写真左)日本舞踊五條流家元 五條珠實、(写真右)アメリカ人女優カレン・カンデル
『グローバルソウル―ザ・ブッダプロジェクト』古典芸能と現代芸術の融合(オン・ケンセン企画、演出、2003年ベルリンにて初演)