贈賞理由

アン・チュリアン氏はカンボジア人を代表する世界に知られた民族学者である。フランス留学後、内戦中のカンボジアに戻り、旧王立芸術大学の再開責任者となり、文化復興と遺跡の保存修復に尽力した。1992年ユネスコの世界遺産に登録されたアンコール遺跡群を担当する「アンコール地域遺跡保存機構(略称アプサラ機構)」の遺跡文化局長に就任し、破壊されたカンボジア文化の復興に尽くした。

1949年コンポン・クレアン生まれで、 1974年王立芸術大学卒業後、フランス社会科学高等研究院に留学、民族学博士の学位を取得した。その研究手法は現地の風・太陽・雨で培われた民族感性に基づき、儀礼や生活文化等を手がかりに文化原像を浮かび上がらせ、再度組み立てなおすものである。カンボジア民族学の存在を文化人類学の文脈で読み込み、その起源・系統・固有性等を浮彫りにした功績は高く評価される。

アン氏の学位論文で代表的な著作『クメール民族の民間信仰における超自然の存在』(1986)は、カンボジア民族学に新境地を拓いた雄編として絶賛された。氏によれば、一般の民間信仰の儀礼は、アニミズム(精霊信仰)、かつてのヒンドゥー教及び大乗仏教、現代の上座仏教等のそれぞれが重層・渾融し、縦横にからむものである。例えば「籾米の山造り」の儀礼の中に小宇宙、時間と空間、豊饒が盛り込まれ混成されている。外から見ると仏教行事のように見られがちであるが、実はアニミズムと仏教が融合した儀礼であったりする。

上記のようなアン氏が切り拓いた地道で時間のかかる儀礼等の調査において、多くのカンボジア人若手研究者が参加し指導を受けている。このように、氏は1990年に再開された同芸術大学で教鞭をとるかたわら、創設期のアプサラ機構の局長となり、内戦後の混乱が続くさなかの遺跡保存責任者として、崩落の危機に直面する遺跡の救済をユネスコを通じ国際社会に呼びかけ倒壊を防ぐなど大きな実績をあげた。

アン氏は2005年から「クメール・ルネッサンス」の旗印のもとにクメール語による啓蒙活動に力点を移し、クメール文化と伝統を村人の日常生活の中に位置づけ、民族文化への覚醒を促している。氏は多くの国際シンポジウムに招聘され、固有で普遍的なカンボジア民族学のレゾン・デトルを世界の専門家に問いかけ、語り、発表している。

アン氏は民族学に挑み、多くの業績を積み上げただけでなく、祖国カンボジアの文化復興に貢献し、王立芸術大学の再開に尽力し、さらにアプサラ機構の創設と本格的な稼働、国際的枠組みづくりに大きな功績を残した。

以上のようなアン・チュリアン氏の功績は、まさに「福岡アジア文化賞―大賞」にふさわしい。

再開されたカンボジア王立芸術大学考古学部の学生と(1992年、フィールド・トリップにて)
アンコール地域の農村で伝統的占星術について語らうアン氏(2007年)
趣味のギターを弾くアン氏(2007年)