贈賞理由

ニールズ・グッチョウ氏は、歴史的建造物の保存・修復と再生に対して建築史家・修復建築家として大きな貢献を果たしてきた。特にネパールやインド、パキスタンにおいて古建築や宗教建築の修復プログラムを進展させ、旧来の様式的観点のみならず、宗教儀礼や建築構法・細部意匠の分析と理解に立ち、学際的な保存の理論化と体系化を導いた。そこから未着手の宗教聖地や崩壊寸前の建造物までも修復対象として、保存を巡る理論と技法を大きく進展させ、日本や他のアジア諸国にも実践的な影響を与えてきている。

グッチョウ氏は1941年ハンブルクに生まれ、1962年から翌年にかけ大工見習いとして日本に滞在、犬山城や高野山金剛峯寺不動堂の再建現場で技術修練を得て独自の専門性の基礎を築いた。

1970 年にダルムシュタット工科大学建築学科を卒業、1971年以降、ドイツとネパール2国間で行われた最初の保存プロジェクトに参加し、美しい町並み保存と博物館都市づくりの先鞭をつけた。1973年に、日本の城下町に関する論文でダルムシュタット工科大学より博士号を取得。以降、黎明期のカトマンズ盆地の古都保存事業に参加する一方、建築と都市に関する比較研究を遂行した。

ネパールでの実践は、ドイツをはじめとする西欧の専門家がネパールの主要な歴史的都市遺産を実証的に踏査研究する契機となり、広くアジアの専門家との人的交流が進み、アジア特有の木造と煉瓦造建造物の保存修復を巡る研究と実践を先導した。氏が関わったカトマンズ盆地のバクタプール、カトマンズ、パタンの3つの古都におけるヒンドゥー教と仏教の建造物群は、1979年にアジアにおける最初のユネスコ世界遺産に登録された。

長年の実践に基づく知見と深い洞察に基づく保存修復の方法論は、建築史学のみならず宗教学、文化人類学等の隣接諸科学を包摂する豊かな学際性を有するようになった。インドのヒンドゥー教・仏教の聖地ワーラーナシー(ベナーレス)の宗教儀礼と都市空間の相互作用を建築人類学的な観点から追究した重要な研究書『ベナーレス』(2006)は代表的な成果である。さらに現在はハイデルベルク大学の先端研究拠点「グローバルな文脈におけるアジアとヨーロッパ」の教授として、学際諸学を巻き込みながら、建築と都市との相互作用に関する理論的考察と事例研究を深めている。

このようにニールズ・グッチョウ氏は、日本の大工技法や身体的実践の修得を端緒として南アジアを中心とした歴史的建築や都市への洞察を深め、建造物と都市の保存と修復を学際的な研究から高次の哲学的営為として昇華させ、建築遺産の包括的な価値創出を先導してきた。この貢献は、まさに「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしい。

犬山城の解体修理現場にて(1963年)
ヒマラヤ山脈カリカンダキ川流域トレッキング中のグッチョウ氏(1985年)
ゴービンダ・タンドン氏と語らうグッチョウ氏(写真左) (2008年ネパールデオパタン地区バティスプタリの寺院にて)