贈賞理由

上田正昭氏は、日本古代史を東アジア世界の歴史の動向と連動させて解明した、日本を代表する数少ない歴史学者の一人である。同氏は、日本古代の歴史と文化を幅広い視野で多面的に研究し、また、アジアの中の日本という新たな歴史像を構築するなど、国際的にも高い評価を得ている。

上田氏は、いち早く学生時代に折口信夫氏や三品彰英氏に師事して日本の古代文化の研究に目覚めた。それ以来、一貫して日本古代史の研究に携わってきたが、同氏の学問に対する基本的な態度は、徹底した文献史料批判に基づく実証主義である。その一方で、国文学・神話学・民俗学・宗教史学・考古学など、多方面にわたる深奥な学識を駆使して、古代日本の史脈を学際的に解明し、独自の学風を形成してきた。

上田氏の研究は、1960年代に入り、日本における古代国家の形成過程を東アジアの視角で解明するという新たな展開を見せた。例えば、同氏の著作『日本の神話を考える』で見られるように、中国大陸や朝鮮半島の神話との比較や歴史学・民俗学・考古学との学際的研究を通じて日本神話を追求するなど、中国や朝鮮からの渡来文化の影響や実態、あるいは、アジア・太平洋につながる海上の道の重要性に注目し、数多くの研究業績を上げた。さらに、アジアの中の日本という新しい地域史の構築を目指している。

その間、東アジア古代史に関する国内外での国際学術シンポジウムに、たびたび出席するなど、学術交流の進展に大きく貢献してきた。このような学問研究の姿勢から、アジア諸地域の文献史学と考古学の専門学者による結集を推進することになった。この分野では初めての国際学会であるアジア史学会の設立にあたっては中心となって奔走し、1990年に創設した。1996年の第6回北京大会において会長に就任したが、その前後を通して、東アジアにおける研究者の連帯によって、相互の歴史認識を深め、さらなる歴史研究の展開に向けて尽力している。

一方、現在では高麗美術館姫路文学館の館長、ならびに、世界人権問題研究センター理事長などの要職を兼務しながら、学界のみならず社会的諸活動の面でも大きな影響力をもっている。

このような上田正昭氏の、東アジアの中の日本古代史の解明はもとより、東アジアの学術交流や現代日本の社会連携に果たした功績は顕著であり、まさしく「福岡アジア文化賞―学術研究賞・国内部門」にふさわしいものといえる。