贈賞理由

衞藤瀋吉氏は、中国近現代の政治史や外交史及び国際関係論の分野において、日本を代表する最も著名な学者の一人である。数多くの優れた研究成果は日本の学界のみならず、アジアや欧米においても高い評価を受けている。同氏はまたオピニオン・リーダーとして、長年の学問的業績を背景に日中関係を中心として日本外交の進路についても提言し、さらには国際的な学会や研究機関との学術交流の促進にも指導的な役割を果たしてきた。

1923年、中国東北部の瀋陽に生まれた同氏は東京大学法学部を卒業し、東京工業大学助教授を経て、東京大学教養学部助教授から教授を歴任した。この間、中国近現代の外交史研究を進める中で、新中国の政権を担う中国共産党の歴史的理解の重要性に着目し、共産党による革命運動史の実証的研究にいち早く取り組んできた。1927年に広東省の海豊・陸豊で樹立された中国初の「ソビエト」に共産党による農民運動の萌芽を発見した同氏の研究論文は、中国共産党史研究の先駆的業績として、日本のみならず欧米の学界においても注目された。この論文を含めて同氏の中国近現代史研究は、『近代中国政治史研究』や『東アジア政治史研究』にまとめられている。

衞藤氏は中国政治史の研究を引き続き進めるとともに、関心は広がり、一つには日本のアジア外交に及んでいった。この面については、『無告の民と政治』をはじめとした多くの著書や論文にまとめられ、1966年には第1回の吉野作造賞を授与された。いま一つに、研究関心は中国を含めたアジア地域に広がり、1970年代末には国際交流における「文化摩擦」の概念を提唱し、大規模な共同研究「東アジア及び東南アジアにおける文化摩擦」を組織して、研究の活発化と精緻化に貢献した。その成果は、10冊を超える研究報告書に結実している。

衞藤氏はまた、日本のアジア研究者の最大組織であるアジア政経学会の常任理事や理事長を歴任するなど、多くの学会で指導的役割を果たし、アジア研究や国際関係論の研究水準の向上に貢献するとともに、数多くの優秀な研究者を指導・育成してきた。さらには永年にわたって学術面の国際交流にも尽力し、特に中国をはじめとしたアジアとの学術交流の発展に寄与してきた。

このように、衞藤瀋吉氏のアジア近現代の政治史と国際関係論の研究における多大な業績と国際的貢献はまことに大きく、まさしく「福岡アジア文化賞-学術研究賞・国内部門」にふさわしいといえる。