贈賞理由

王仲殊氏は、現代アジアを代表する考古学者の一人として、国際的にも高い評価を受けている。同氏は、1925年に浙江省寧波市で生まれたが、1950年に北京大学歴史系を卒業すると同時に、当時の中国科学院考古研究所に入所した。それ以来、一貫して中国大陸各地の重要遺跡の発掘調査に従事し、中国考古学の確立に努力してきた。

研究領域は、主として戦国・秦・漢から隋・唐の時代までを包括し、都城・墳墓・銅鏡などの諸分野において顕著な業績を上げた。研究の手法は、遺跡の発掘を通じて得られた遺構や遺物という考古資料と、比較的豊富に遺存する文献史料を統一的に分析し、論証する点に特徴が見られる。

これまでに同氏が主導した中国考古学史に残る発掘調査には、河南省輝県固囲村の戦国時代中期の魏国の大型墓や、河北省満城県の前漢中期の中山靖王劉勝夫妻墓など数多くあり、それらの研究成果は中国内外の考古学界のみならず歴史学界にも大きな影響力を示した。

また、永年にわたる研究の蓄積を踏まえて、漢代考古学・中国古代都城制と墓制などに関する概説書を著して、啓蒙的な側面でも貢献した。こうして、現在に見るような中国考古学界の発展に指導的な役割を果たしてきたのである。

一方、1972年の高松塚古墳の発見を契機として、王氏は日本の考古学・古代史へ強い関心を寄せるようになった。その結果、三角縁神獣鏡や高松塚古墳、さらには日本古代都城制の源流に関する研究などを通じて、古代の日本と中国の交流史の解明に独自の見解を提起した。特に、日本の前期古墳から出土する三角縁神獣鏡については、卑弥呼の使者が魏の朝廷から下賜されたものとする従来の通説に対して、当時日本に渡来した呉の工人が日本で製作したものであるという新説を提唱するなど、常に斬新で独創的な学説を披瀝して、日本の考古学・歴史学界に大きな衝撃を与えた。

王氏はまた、中国における学術・文化財保護・国際交流などに関わる幾多の要職を歴任してきたほか、日本や韓国における国際会議出席やアメリカの大学での講義などを通じて達成された、中国内外の学問研究の発展と普及、ならびに、後進の育成など多方面にわたる功績は多大である。

このように、王仲殊氏は、中国考古学の体系化はもとより、古代日中交流史の解明に大きな貢献を果たしたばかりでなく、アジアの文化の意義を広く世界に示したと評価できるものであり、まさしく「福岡アジア文化賞-大賞」にふさわしい業績といえる。