贈賞理由

速水佑次郎氏は、フィリピンなどアジア諸国での四半世紀に及ぶ地道な農村調査と卓越した理論構築力を結びつけて、従来の研究を大きく塗り替える新しい開発経済学を構築した、アジアを代表する経済学者である。

速水氏は、1956年東京大学を卒業後、アイオワ州立大学で博士号を取得。その後、イネの高収量品種(HYV)の開発・普及を柱とする「緑の革命」の推進機関として、世界的に有名なフィリピン国際稲研究所(IRRI)での共同研究を出発点に、ルソン島の一村落を選んで、長年にわたり農村の経済や農民の行動の変化をつぶさに調べ続けてきた。それと並行して、途上国における貧困問題の解決をめざす理論の体系化にも努め、「市場・国家・共同体」を軸とする、「速水開発経済学」とも称される独自の学問体系を構築した。

経済学は現在、大きな曲がり角に立っている。市場万能主義を続けてきた欧米諸国が新たな所得の不平等や環境問題に直面し、国家主導の工業化を進めてきた日本、韓国などの東アジア型の工業化モデルが批判にさらされているのは、従来の研究や政策がもっぱら市場の働きや政府の政策にのみ関心を向けてきたからであった。

そこで速水氏は、まず各国・地域の現状を「経済サブシステム」と「文化・制度サブシステム」の2つに分け、経済のみならず地域に固有の文化価値体系や社会組織を重視する立場をとった。具体的には、アジア諸国の農村に見られる人と人との間の「信頼関係」や、田植え・刈り取り・除草作業などにおける共同行動に着目し、所得の「分けあい」や「雇いあい」といった村落の慣行が、途上国の経済発展に果たす役割を積極的に評価した。そして市場の働き、政府の政策、共同体の人間関係の3つが、経済発展において相互にどのような補完関係をもち得るかを、アジア農村社会での経験に照らしつつ追究した。同氏のスケールの大きい新しいパラダイムは、今日世界の学界の注目を集めただけでなく、世界銀行の方針見直しや、NGO活動の理論的方向づけにも大きな影響を与えている。

このように速水氏は、アジア地域の経験を途上国全般の経済開発理論へと拡大し適用できるような学問体系に組替えるとともに、途上国のみならず先進国も抱える所得分配の不平等化と環境問題に対する解決方法に画期的な指針を与えるなど、世界各地の開発・発展の政策研究に大きく貢献し、その業績はまさしく「福岡アジア文化賞―学術研究賞」にふさわしいといえる。