贈賞理由

竹内實氏は、日本における中国研究の第一人者である。現代中国論は比較的新しい研究領域であり、主に政治、経済など社会科学の分析枠組からすすめられてきた。同氏は、混沌とした現代中国を社会科学的視点に加えて、文学・思想・歴史学などの視座を含んだ総合的な文脈の中で解析、いわば“竹内中国学”ともいえる新しい現代中国論を構築してきた。

竹内氏を、卓越した研究者として特徴づけているのは、ありのままの現代中国を冷静に見つめるその研究姿勢と独自の視点である。従来の現代中国研究は、教義的な分析と安易な理論化に流れる傾向にあった。同氏は、同時代の世界の中に中国を位置付け、イデオロギーに左右されずに具体的な事実を事実として直接受け止め、とらえてきた。その一方で、現代中国をその連綿たる歴史、伝統に沿って理解する視点は、膨大な古典にまでも及ぶ広く深い学識に裏打ちされた同氏ならではのものといえる。こうした枠組みに基づく徹底した洞察は、現代中国を理解する様々な基本概念を生み出してきた。例えば90年代に向けて提出された「転形期」という概念は、日本国内のみならず香港、台湾にも大きな影響を与え、中国を再認識するきっかけをもたらしている。誠実な研究者として定評のある同氏は、どの視角で見れば中国の真実が見えてくるのかというヒントを、絶えず人々に投げかけているのである。

また、戦後の新しい中国語教育に携わる一方、現代中国文学の紹介に努めてきた竹内氏は、なかでも魯迅・毛沢東研究に著しい業績をあげている。世界に先駆けて編集された毛沢東の原典集『毛沢東集』は、中国を含む各国の研究者に確固たる研究の基礎を提供しており、とりわけ欧米の研究者に対して毛沢東の人間的研究への道を示し、その影響は計り知れないものがあると言えよう。国交正常化20周年を迎える日中関係に対する発言も多く、国際的な学術交流にも大きな努力を傾けてきた。

このように、竹内實氏の中国研究における功績は、人々の真の中国理解に大きく貢献したと評価できるものであり、まさに「福岡アジア文化賞-学術研究賞・国内部門」に相応しい業績である。