贈賞理由

樋口隆康氏は、シルクロード・中国・古代日中交流史などの考古学的研究において、現代日本を代表する数少ない国際派考古学者の一人である。同氏は、幅広く、常に先進的・行動的な数多くの調査と優れた研究業績によって、国際的にも高い評価を受けている。

樋口氏は、学生時代から日本列島の古墳文化の調査や研究に従事する一方で、中国大陸や中央アジアの考古学へと関心を広げていった。中国考古学の分野では、古銅器や古鏡の研究に情熱を傾注し、多くの先駆的で独創的な研究を残してきた。またシルクロード研究のため、インドから中央アジア・西アジアまで、たびたび現地調査に参加し、特に、1970年以後は京都大学中央アジア学術調査隊長として、パキスタンのガンダーラ地方やアフガニスタンのバーミヤンの仏教遺跡調査を実施して、数々の重要な学術成果をもたらした。そして現在もなお、シルクロード学研究センターの初代所長として、シリアの古代交易都市パルミラの発掘調査の陣頭指揮を取っている。

さらに、日本と中国の古代交流史についても造詣の深さを示し、稲作・銅鏡・馬具・仏教などの諸分野における的確な問題提起を続けてきた。最近では三角縁神獣鏡を邪馬台国の女王卑弥呼に魏王朝から下賜された鏡とする「魏鏡説」、ひいては「邪馬台国近畿説」を主張している。このような樋口氏の調査・研究の業績は実に多岐にわたるが、一貫してフィールドワークと考古学的事実を重視しながら、常に自由な発想に基づいた斬新かつ独創的な所説を提示し、国際会議等を通じてアジア諸地域の考古学・古代史学界に少なからず影響を与えてきた。

樋口氏はまた、奈良県立橿原考古学研究所所長や京都府埋蔵文化財調査研究センター理事長として日本考古学の調査・研究と文化財保護に携わる一方、カンボジアのアンコール遺跡の修復やアフガニスタンの仏教遺跡を戦禍から守る運動など、世界的な文化遺産の保全にも積極的な支援を惜しまない。

このように、樋口隆康氏の、シルクロードや中国の考古学研究の深化はもとより、古代日中交流史の解明にも先導的な役割を果たしてきた功績は多大であり、まさしく「福岡アジア文化賞-学術研究賞・国内部門」にふさわしいものといえる。