スニール・アムリス「『ベンガル湾』の歴史、そして私たちにとっての『環境問題』の未来」
開催日時
2024年9月28日(土)13:00~15:00
会場等
アクロス福岡 4F国際会議場(中央区天神)
対談者
神田 さやこ(慶應義塾大学経済学部教授)
コーディネーター
脇村 孝平(大阪経済法科大学客員教授)

第一部 基調講演

気候正義のための歴史研究の重要性

アムリス氏は、ベンガル湾の歴史を研究するに至った経緯、そして現代の気候変動に立ち向かうためになぜ歴史研究が重要なのかについて、次のように語りました。

 子どもの頃をシンガポールで過ごした私は、移民労働者の姿を見て、自分の意思で自由に移動できる人々と、規制や管理に縛られ移動できない人々という、世界で最も根本的な分断の存在を幼いながらに疑問に感じていました。この疑問が私の学問的研究の原動力となりました。

 国や地域を越えて横断的に歴史を研究するグローバル・ヒストリーに触発された私は、当初、南アジアと東南アジアにおけるベンガル湾を渡る人々の移動をとおして、文化的なつながりを研究していました。そして、人間社会と環境の相互関係に研究を発展させ、ベンガル湾の気候の特徴であるモンスーンが、湾を隔てた土地と民族をどう結び付けてきたかを考えるようになりました。日本の歴史学者による先進的な手法にも刺激を受けました。

 ベンガル湾は、世界の環境未来を考える上で、極めて重要な地域です。ベンガル湾では複合的な要因が影響し合うため、モンスーンは予測できない変化を遂げ、沿岸国に甚大な災害や感染症をもたらしています。気候変動に対する脆弱性を克服し、気候正義を議論するためには、この地域の歴史の理解が不可欠です。なぜなら、モンスーンの挙動が前例のないものであっても、それに立ち向かう政治制度、社会的・文化的な結びつきは、今までの歴史に深く根差しているからです。そして、現代において最も緊急に対応を要するのは、傷ついた地球を修復することです。それには、ベンガル湾の歴史から見つけ出せる人間の文化の境界、さらには生物の種の境界を越えて「つながる」感覚を取り戻す必要があります。福岡アジア文化賞が多様なアジアの文化に価値を見出しているように、気候危機という局面においては、知恵の多様性を回復し、再構築していくべきなのです。

第二部 対談

国を越えた問題に取り組むために

 はじめに、アムリス氏と同じくシンガポールに学術研究の原点を持つ神田氏より、1つの国にとどまらない社会的・経済的・環境的な問題に取り組むために、私たちはベンガル湾の歴史から何を学べばよいかとの質問が投げかけられました。アムリス氏は、アジアの港湾都市がベンガル湾でつながっていることに触れ、国境を越えた「地域のアイデンティティ」の共有が重要であると指摘。自国だけでなく周辺地域の歴史も学び、地域の結びつきがいかに強いものなのかを若いうちに理解すること、それを促す教育システムの構築が必要だと述べました。さらに、私たち自身や現代の若者が、複数のアイデンティティを持ち合わせてきた人々の歴史を思い起こすことで、過去の社会の開放性から学び、近年強まっている閉鎖的な考えを取り払うことになるとの見解を示しました。

 続いて、気候変動によって移動を余儀なくされる人々を、国家という枠組みでどのように受け入れていくのかに話題が及びました。アムリス氏は、今は豊かな国に住む人も無関係ではなく、皆が脆弱な状況であると認識することが必要と強調。だからこそ、気候変動の影響を受けるリスクが高い人々に共感し、そのリスクを共有すること、そのような人々が誤解による差別を受けないように正しい知識を持つことが重要だと語りました。会場からの質問も交えて話は熱を帯び、熱心に回答するアムリス氏の姿が印象的な対談となりました。

コーディネーター 脇村孝平氏
対談者 神田さやこ氏