キムスージャ「縫う、包む、解く— キムスージャの世界観」
開催日時
2024年9月28日(土)17:00~19:00
会場等
福岡アジア美術館 あじびホール(博多区下川端町)
対談者
片岡 真実(森美術館 館長/国立アートリサーチセンター センター長)

第一部・第二部 対談

自分自身のリアリティに根差したアートを追求
コーディネーター  片岡 真実氏

 対談者に森美術館館長の片岡真実氏を迎え、キムスージャ氏の多様な作品に共通している「縫う、包む、解く」といった考え方に迫りました。会場となった福岡アジア美術館は、キャリアの初期作品『演繹的オブジェ』(1997)を日本で初めて所蔵。北九州市で滞在作家として活動していたことにも触れ、「福岡はいつも私の作品を理解しサポートしてくれるまち」と福岡との縁を紹介しました。

 絵を描くことだけでなく、音楽や言語、パフォーマンスなど色々なことに興味があった学生時代。大学で絵画を学び、自分なりの手法を模索しつつも、常にキャンバスの縦と横の糸や内部の構造について考えていたことが、縫う、包むといったパフォーマンスに進化していったと述べました。「ある日、母のベッドカバーを縫っていて、針を布に押し当てた瞬間、宇宙から体と針が接している点に電気が降りてきたような衝撃を受けた。それは稲妻のように、私の創作のパッションとなった」と自身のアートの原点について話したキムスージャ氏。韓国の伝統的な風呂敷包み「ボッタリ」を使った特徴的な作風は、この経験により、三次元的アートに直感的、衝動的に進んでいったと述べました。また、留学生として初めて来日した時のことを振り返り、「アジアの国は似ていると思っていたが、色の感受性は全く違うものだった。日本は伝統的に抑えた色味を好むが、韓国は鮮やかな色を好む。この時から色のスペクトルにも興味を持ち、近年の光のプロジェクトにもつながっている」と回顧しました。

 1999~2001年に発表した、都市の雑踏でキムスージ ャ氏自身が一人佇む姿を背後から撮影した映像作品『 針の女』について、「30分微動だにせず立っていると、自分が立っている場所こそが中心だという感覚になり、人間に対する愛も感じた。人の波の後ろから、白い波が追 ってくるように感じ、自分自身が変わったような有意義な経験だった」と解説しました。この作品はニューヨークなど世界8都市に広がり、創作されたことが語られました。

 2000年代からは光の性質を利用した作品を展開。光のスペクトルを欧米では虹色と表現するが、キムスージャ氏は韓国伝統の五方色(オバンセク)の考え方にフォーカスしたと話しました。五方色は白、黒、赤、青、黄の五つの色にとどまらず、方向、季節、星、性格、身体との関連性などの象徴的な意味を持つと述べ、『息をする―鏡の女』(2006)について解説しました。鏡を見るということを「縫う」という行為、ガラス窓の表面を建物と外とを隔てる境界線とみなすことで、回折格子フィルムを「生地」と考え、ボッタリを建築という形で体現するに至った着想を語りました。

 最後に、複雑な現代において、アートの実践者としてどのように貢献できるかという話題に話が及びました。 2001年にニューヨークで同時多発テロが起きた日、数十分前まで現場にいたというキムスージャ氏は、戦争や災害に対して、作品を通じて祈りを捧げてきたそうです。「私は世界の平和と調和を常に望んでいる。目の前の人に、あなたのことを大事にしているのだと伝え続けることで、より良い世界を、次の世代へ手渡していきたい」と想いを伝えました。片岡氏は、作品のモチーフである五方色が、ひとつの色も欠けることなく常に変化し調和していく様を、多様なアイデンティティが共生していく人類の営みに重ねて、対談を締めくくりました。スクリーンに映し出される数々の作品と、キムスージャ氏の作品に込めた思いに心を打たれる時間となりました。