贈賞理由
林権澤氏は今日の韓国映画を代表する監督であり、アジア映画界の巨匠たちの一人であり、ひいては広く世界でも特に注目される映画作家たちの中の重要な一人である。
林氏は1936年に韓国の全羅南道の長城に生まれた。少年時代に韓国に起こったイデオロギー的な闘争に巻き込まれた同氏は、厳しい辛酸をなめながら成長したのち、1950年末に映画界に入り、下積みの仕事から叩き上げて1962年に監督になった。以来、非常に多くの映画を作り、初めは商業映画作家と見られていたが、1970年代に入った頃からは現実を正しく見つめようとする芸術的な意欲でも注目されるようになった。特に1978年の『族譜』、1981年の『曼陀羅』などは、この国の民族的な精神のあり方を美しく、しかも稀に見る真摯さをもって追求、表現した作品として、韓国内にとどまらず、日本をはじめ広く国際的にも韓国映画の存在が注目される契機を作った秀作である。
その後、林権澤監督作品は一作ごとに内容の深みと表現の洗練を増し、国内外の多数の映画祭で受賞し、今日では世界各地で特集上映が行われるに至っている。『キルソドム』(1985年)、『アダダ』(1987年)、『開闢』(1991年)、『風の丘を越えて~西便制』(1993年)、『太白山脈』(1994年)、『祝祭』(1996年)などは中でも傑出した作品だが、これらはいわば韓国の苦難の近代史・現代史であり、どんな悲惨な経験によっても排除されることのなかった民族の高貴な魂の記録であり、美しい伝統の表現である。そこには苦しい時代を生き抜いてきた同氏自身の体験の裏付けがあって、苦難を共にしてきた同胞に寄せる限りなく温かい畏敬の眼差しが感じられると同時に、それは人間と自然に寄せる普遍的な愛となって世界に受け入れられ、アジアの心の最も優れた芸術的表現の例として広く知られるようになっている。
このように、林権澤氏が韓国のみならずアジアの映画界に果たしてきた功績はまことに大きく、まさに「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしい業績といえる。