贈賞理由
エズラ・F・ヴォーゲル氏は、1967年以来、ハーバード大学教授として研究・教育に従事し、第二次世界大戦後のアジアのダイナミックな政治経済社会の変動を追究し、多大な成果を挙げてきた。特に高度経済成長期の日本(1960-1980年代)と、急速に台頭した中国(1980-2000年代)への深い洞察と緻密な実証研究は顕著な業績である。また、東アジアの国際関係史に関しても同地域の研究者と地道な共同研究を重ね、冷静で重みのある提言を行ってきた。氏から薫陶を受けた研究者は多く、斯界の泰斗として広く尊敬されている。
ヴォーゲル氏は、1930年にオハイオ州デラウェアで生まれ、50年にオハイオ・ウェスリアン大学を卒業、58年にハーバード大学社会関係学科で博士号(社会学)を取得した。1972年から2000年に退職するまで、同大学の東アジア研究所長、日米関係プログラム代表、フェアバンク東アジア研究センター所長を歴任し、1993年から95年には米国国家情報会議東アジア担当国家情報官を務めるなど、米国の東アジア研究、対アジア政策の重責を担ってきた。
ヴォーゲル氏は最初の代表的著作『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)において、単なる日本賛美ではなく、乏しい天然資源の中で工業化を進めてきた日本が、脱工業化社会に向かう過程で直面する問題を世界のどの国よりも巧みに処理してきたと評価し、アメリカが学ぶべきモデルの国として日本を紹介した。欧米以外の国をモデルにするという本書の主張は、画期的なものであった。
『中国の実験―改革下の広東』(1989年)は、まさに天安門事件が起こり、中国における改革開放の推進が危ぶまれていた最中に出版された。同書は、改革の最先端にあった広東省の10年を1987年と88年の集中的な現地調査をもとに分析したもので、氏は同省の実験はやがて中国の発展モデルとなり、アジアの新興工業経済地域(NIEs)との連携を促すと予見している。2000年退職後、鄧小平の研究に力を注ぎ、膨大なインタビューや内部の資料などをもとに分析を行い、2011年に『現代中国の父-鄧小平』を出版した。中国現代史を再構築し新たな地平を切り拓いた同書は、ウォールストリート・ジャーナル、ワシントン・ポスト、英エコノミスト誌などの「ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、世界の注目を集めた。
東アジアを理解するうえで先駆的な研究を世に示すとともに、歴史研究を踏まえ同地域における国際関係のあり方について貴重な提言を行ってきたエズラ・F・ヴォーゲル氏は、まさに「福岡アジア文化賞 大賞」にふさわしい。